93 レーム・モビリエ師匠
「亀裂だと?」
「はい、正直失敗です。でも幸運なことに私はニホンの稀人です。ニホンでは世界、チキュウの歴史上でも輝かしいほど早期に義歯の製作に成功実用しています。しかもオルキアにある素材で製作が可能なんですけど」
「でもまだ完成していない、だな」
「はい。そこでミキサーです。ミキサーがあれば義歯がなくても飢え死にを回避できます」
「どんなモノなんだ」
手首をぐるぐると回す。
「食品食材を刀や包丁では不可能なほど砕きます。イジが食べた鍋の中身は、ミキサーの発展新型です」
「成る程。俺が協力すると、そして義歯が完成すると言うんだな?」
「はい。何回かトライアンドエラーは覚悟の上です。その間は充分な報酬は差し上げ」
「俺が必要なんだな」
「はい」
どこをどう人嫌いなんだろう。でも、策略や駆け引きなしに返答します。
「あのだな、稀人板橋洋次」
「はい、レーム。レーム・モビリエ師匠」
フルネームは書庫で発掘した書類で予め把握してますから。
「基本的に洋次かホーローが我が家に来い。それなら協力する。それから報酬はそれほど気にするな。前払いしてもらったしな」
「それは」
一歩前進したけど、サラージュの西はモンスターの巣になっているんだ。
「実は先日サーペントに襲われました。幸い助けが入ったんで、こうして面会が叶いましたけど」
「モンスターの心配は無用だ。イジが迎えに出張れば、うかうかと襲ってはこん」
「そうなんですか」
「イジは、あれでもフンババ族だ」
「フンババ?」
神話の『ギルガメシュ叙事詩』に登場するローカルなカミサマ。英雄ギルガメッシュに倒されたからモンスターの扱いをする無礼な集団もある。
「あれで太古の昔。先祖は神の眷属だったらしい。見た目通りの怪力も含めてモンスターも滅多襲わん」
「そうですか」
ドワーフのレームとかホーローの指示どうり動いている様子は、どう割り増ししても大食いの木偶の坊を具体化した存在なんだけど。
「助かります、レーム・モビリエ師匠」
「じゃあ、帰る。仕事ならホーローの鳩を使って呼べ」
「ああ、伝書鳩で連絡していたんだ。さすが『剣と魔法』のオルキア」
「帰るぞ、もう食べ終わっただろ。イジ」
「べべべ」
「ねーー、もう指で舐めても汁も残ってないよーー」
「じゃあな」
「感謝します。レーム・モビリエ師匠」
「それなんだがな」
背中で語るレーム。
「ってか振り向けよ、爺さん」
両手を腰で、レームにツッコんだホーロー。
「ホーローいいから。なんでしょうか」
「稀人はランスをなんて呼んでいる」
「ああ、許可をもらったので、ランス。と」
「なら私もレームでいい」
「はい、では最大限急いでお仕事を頼みますから、宜しくお願いします、レーム」
「別段生活には困っておらん。だが当てにしないで待っておる」
「はい、私もレームの仕事を楽しみに待っています」
「帰る」
「ははは」
イジの肩に担がれて家路に向かうレーム。
「人嫌いってより、照れ屋か話ベタだな」
でも『モンスターの歯医者さん』の外部スタッフは充実さを加速したのは事実だ。
「あたしのお手柄だよねぇ」
ホーローのおねだり口調も聞き流せるほど洋次は感動していました。
「ねぇ稀人。ご褒美とかない?」
二の腕に柔ら硬い弾力がある。これをどう処理していいんだろうか。
「ねぇねぇってば」




