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91 無駄に元気らしいな

「ああ、レームの爺さん? 四、五日前に会ったよ」

「あっさり」

 細工師のホーローの工房を兼ねた自宅を訪れた。庭先で午前中からアルコール臭の吐息で応対されると、ちょっとだけ苦笑いを我慢するの辛い。


「西のさ、サラージュの西は人っ気が少ないからね、たまーーに食料調達するのさ」

「そうですか。じゃあ今まで会ったことなかったのはタイミングが悪かったのかな」

「あ、いや。レームは人嫌いだし、特に稀人なんてダメダメ」

「千切りできそうだなぁ、その手ブレ。でも、カミーラちゃんのお願いならどうかな。なにしろ元主人だし」

「レームはカミーラと会ってないよ。あのお嬢さん産まれたの王都でそのまま修道院送りだし」

「随分な言い方だよ、それ」

「まあね。で、先代ブラム様は病弱で家具なんか新規に造らなかったからレームが自分でお城から暇になった。そんな事情だよ」

「でも。サラージュに今も住んでるなら、この土地になにがしか愛着や思い出があるんだ」

「そ。会う?」

「また、すごくあっさりと」

「だってレームは自分で買い物しないからさ、あたしに頼んで町や店からずぅぅっと離れた場所で交換するんだ。あたしが〝つなぎ〟を入れたら会うだけなら会えるよ」

 ふふんっと笑うのが少々戸惑いを覚える。でも、サーペントやハーピィを撃破しながらのクエストを可能にする戦力がないから、お頼みするしかない。


「それでは、ホーローさん」

「ちょっと待った。その姿勢、まさかチキュウ稀人の土下座? 止めてよ、あのレームと連絡入れるくらいでさ」

「でもそれくらい」

「はいはいはいはい。じゃあ入れるから、連絡。土下座はなしね」

「ありがとう」

 他人に危険な物事を頼むんだからと洋次的にはそれほど抵抗はないんだけど。


「ああ、それからアンに協力してもらえると、早く対面できるよ」

「アン?」

 なんで。




 鍋から惜しげなく肉類の匂いが発散されている。

「ねぇまれびとーー」

「なんだい、アン」

 食べ物屋の娘のアン。ニホンだとランドセルを背負って縄跳びとか携帯ゲームにお熱を入れる年頃なのに家業を手伝っている元気な八歳の少女だ。


「そろそろ食べ頃だよーー」

「まぁそうなんだけどねぇ」

「でも、フツーーの鍋をグツグツ煮ても良かったんじゃない?」

 アンは大型ミキサーで調理中だ。いや正確にはもう煮込み。鍋から掬って美味しく頂くタイミング待ちだ。


「もうアイドルの出待ちのヲタ気分だよ」

「なにそれ。そろそろお日様が沈んじゃうなぁ」

「大丈夫だよ。弱火にしたから」

 アンがお玉で鍋をかき回す。食材を細分化するミキサーよりも野戦鍋の仕様に重点を注いだ製品で、これでもオルキアでは立派に『モンスターの歯医者さん』の治療器具として登録されている。


「いや、弱火とかじゃなくてね」

「ねぇねぇ、あの巨人さんがレームさん?」

「いや、ドワーフ族だから」

 西側、幸いにバナト大陸でも太陽は東から西に運行しているから日が沈む方角から巨大な物体が移動しているのが見えた。


「言わなかったっけ。あれはレームと同居してるイジだよ」

「イジ?」

 測量士じゃないけど、どう推測しても楽に三、四メートル超えている。巨人族とかのヒューマン系モンスターじゃないか。


「あのイジがいるからレームはモンスターの巣になっちゃったサラージュの西でも生活してんのさ」

「へぇ。王国軍でも勝てなかったモンスターの一団を」

 なんだろう。

 ズン、ずんと歩み寄っているイジと言う名前の巨人。巨人の肩に、小柄な人影がある。


「お、レーム爺!」

 間違いなく、探し求めた人材のレーム氏だ。同伴者はさて置いて。


「ねぇまれびとぉ」

「ああ、臭いな」

 さっきまで我慢大会のようにアンの手料理の美味しそうな匂いで包まれていた。でもイジのシルエットが写り、それが具体的になったら、正直吐き気がしている。


「まあ慣れないと臭かったかな」

「慣れてたんですか」

 でも自分だけちゃっかり手ぬぐいマスクで防御したホーロー。アンは料理人だから、鍋を除く時用の手ぬぐいマスクを持っていた。そんな用意がない洋次。


「があ」

 イジが口を開いた。喋り、なのか威嚇なのかわかりません。


「う」

 瘴気ガスでも排出されたか。


「まれびとーーくさーー」

「アン、お家帰ってなさい」

「怖いよーー」

「アン、ゴメンネ。怖くないから、怖くないよ」

「あ、今臭いけどって呟いたな」

「うーーん。今日はまた強烈だな」


「がが」

 ホーローとは親しいんだろう。イジがまた一言発射、そして臭い。


「やあイジ、そして爺さん」

「お無駄に元気らしいな。このムダ乳娘」

「仲がいいんだか」

 よいしょっと掛け声と共に着地するレーム。

 レームはドワーフ族。既にサラージュには数家族ドワーフが居住していて、洋次も挨拶くらいは交わしている。


「お前が稀人か」

 レームは、洋次の印象や前知識だと錆びた仙人。ストレートの表現だと世捨て人だ。手入れどころか洗濯も忘れた衣服に、自分の身体のメンテナンスも放棄している。ホーローも少しお座なりな気配はあるけど、レームは婦女子なら逃げ出す酷さだ。

 二メートル五十前後のイジも一緒に入浴選択、そして散髪と文明的清潔に関しての言葉を失ったペアが、でも洋次には欠かせない人材なんだ。


「初めまし……」

「お前のエロつらなら遠目に見てるわ。遠メガネを持っているでな」

 遠メガネ。望遠鏡の古臭い呼び方で、でも中世風のオルキアでこの利器を保持している意義を洋次は見逃さない。



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