89 サラージュは五角形に近い
何回目だろう。
「振り出しに戻る、か」
探し求めていた家具職人のレームは、幸いにサラージュに住んでいるようだ。
「でも黙って転居する人もいらっしゃりますから。そうでなくても、その」
「サラージュは人口が減っている?」
これはワルキュラ家の家令補佐とメイドを兼ねているメアリーには厳しい言葉だ。
「でも、昨日サーペントに襲われたサラージュの西に住んでいるとはなぁ」
「ええ、お城勤めの前からの住所だと」
メアリーからかび臭い書類を提示される。
「なんだか今更感が魔王レベルなんだけど、サラージュの地図確認しようか」
「はい」
とどのつまり昨日もメアリーに、地図見せてと頼めば済んだんだ。結果サーペントの鱗がモンスターの歯医者さんには貴重な素材になった功名があったけど。
「ええっとサラージュは五角形に近いかなぁ」
あくまで個人の感想です。
「お城は、真ん中じゃなくてやや上の方。東がハリスとかカーバラに接していて、ほぼ平地」
「はい、最近穀物の収穫量が落ちているようで」
「辛い現実だね。真ん中は、サラジュ川。サラージュのサラジュか、まんまだね」
「はい、南に流れるアグリ川と並んでサラージュの貴重な水源です」
「中央部分も草地と畑の混成だね」
「サラージュの町がありますから、それほど大規模な畑も林もありません。主食の麦以外は畑も木々もマチマチです」
「南部が、牧草地がメイン? 土地は起伏は少なそうだけど、緩い斜面が長く続いているんだね」
「西部が小高くなっていて、木々も鬱蒼としています。土地も高低差があり、開けているとはとてもとても」
「サーペントが襲いかかるし」
「はい、ハーピィなど、モンスターの巣になっています。西隣はビルボ領など栄えているのですけど」
「モンスター、ハーピィを駆除しないの?」
効果線を何本入れなければ再現できないだろう。メアリーは激否定した。
「掃討作戦は何回か。でも、敗退しました。サラージュにはかなりの負担だったのですけど、王国軍に援軍依頼をしてもハーピィの数で押し戻されました」
「うへぇ」
雑魚キャラ扱いをするゲームもある。でも。
「ハーピィって邪神とか魔族系なんだよね」
「別に通常兵器でも倒せるのですけど」
「いつからモンスターに通せんぼされているの?」
「私がお城勤めでサラージュに来たときには既に」
「そうか、でも過疎ってるだけで人が全くいないわけじゃないんだね」
「ええ。ハーピィは家畜や穀物を奪いますけど、炭焼きなどは興味がないらしく。二件ほど炭焼きが住んでいます」
「この際だからサラージュの北部は? あのヴァンがいるモクム領だったよね?」
「……はい」
あれ?
「なんでテンション低下したの? ええっと、この地図だとアプセニ山? ああ、イグと最初に出会った荒地は、どっちかって北部のアプセニ山の麓なんだね」
その半分はモクムの飛び地になっている。
「……はい」
「山にはどんな木々があって、資源とかあると良いよね。って聞いてる、メアリー?」
「聞いて、ます」
「どうしたの?」
「わ」
稀人特典を行使してメアリーとミリ単位の急接近をしていました。
「ヴァンの名前がでた途端、テンションが下がった気がするんだけど?」
メアリーのエメラルドグリーンの瞳が泳いだ。真上に斜め上に、そして洋次と正面に。
「あの子は〝今〟わがまま放題ですから、洋次の邪魔にならないと善いのですけど」
「でも最初は色々情報とかくれたし」
地元貢献と銀貨で治療代を払ってくれた。あれは初期の洋次、『モンスターの歯医者さん』にはとても有難かったのだけど。
「そうです。アプセニの麓には小さな溜池のような泥濘があります。なにか役に立ちますか?」
「今すぐには、沼でどうこうアイデアは浮かばないなぁ」
潮の匂いが漂っていなかった。だから予想はしていたのだけど、海と接していないのは素材集めとしてはマイナスポイントになりそうだ。
「テングサがあれば、歯型採取はいい具合なんだけどなぁ」
「テングサ、ですか?」
「そう。食用にも歯医者の業務、その他活用法はたくさんなんだ」
「なるほど」
「サーペントの鱗が安定供給じゃなさそうだから。テングサが入手できればなぁ」
「ため息をつかないでくださいませ」
「ため息? 違うって」
メアリーと同じ空気を吸いたかったのセリフはセクハラだろうか。それとも素直に落胆を認めるべきなのか。
「とすると、サラージュの西側に、家具職人を探すクエスト再開かぁ」
「あの? ライジンのミーナー様の攻撃力に匹敵する人物は」
「いないよねぇ」
モンスターの歯医者さんに限定しなくても歯医者の行動は以下に要約できる。
・虫歯をみつける ・削る、抜く ・埋める ・そして防ぐだ。
「先に防ぐ開発をするか」
一旦背伸びをして自分なりにリセットする。
「やるべき仕事。の、前段階ばかりだよな」
「そうですか。お疲れでは?」
「それが意外と大丈夫なんだ、メアリー。やる仕事があるってハッピーなんだと思うよ」
「まぁ」
ああ。メアリーの笑顔って本当に掛け値なしだ。そしてお互いに意表をついて次のやる仕事を導いてくれた。




