88 ペラペラ、バタン。すっすっ、コト。
「だ、だい、大丈夫。あのですね、メアリーは私以外も稀人と接していたと以前話していましたよね」
「はい」
「え? 俯いたり、テンション下げるところ? このファイルも違うな」
「あ、あの洋次。貴方はまだまだサラージュには不可欠な稀人なんです」
止まってはいないけど、もの凄いローペースで書類を捲っている。
「どれだけ役立ってるのかなぁ」
「役立っます。その、最初に貴方様を役立たずなどと」
「言われたっけ?」
言われました。その後、逃げるように野原に移動して撲殺五分前っぽいイグと遭遇していました。
「まあ実際、『モンスターの歯医者さん』になるまでは、そしてミキサー生産するまでは当たりだったし」
「でも」
「メアリー、手が止まっているよ」
「はい」
ペラペラ、バタン。ペラペラ、バタン。すっすっ、コト。
「あの、一つだけ気になっているんだけど」
「はい」
「稀人で、元の世界に帰った人、いる?」
ペラペラ、バタン。ペラペラ、バタン。
「そっか。稀人様たちって、どんな人だったの?」
「あの、最初の方は随分とご高齢で」
「へぇ」
「でも剣術、いえ、カ・タ・ナ・? とてもお強い方でした。国王陛下から正式に勇者の称号を拝命されたほどです」
「うわ。チートでもなんでもスゴイな」
「勇者ガリュ様と私が、お、お会いした時は、もう、ゆ、勇者も引退されてました」
「そう。で、今その勇者ガリュ様は?」
ペラペラ、バタン。ペラペラ、バタン。すっすっ、コト。
「あ、あの。チキュウの稀人様ではないんですけど」
「は、はぃいぃ?」
家具職人を探しているのが半分でファイルを捲っていた洋次の網膜に、美し過ぎる配列が飛び込む。
普段はオカタイのに、夢中になると距離感を失ってしまうメアリーの白い美顔がミリ単位の距離に大接近している。
「ご自分のセカイに還った稀人がいます。もっとも確認したわけではないんで」
「別の異世界に再転移の可能性もある、と?」
「でもある日突然、オルキアに現れて不意に姿が消えました。失踪とか逃亡ではないのは、私だけではなく大勢の目撃者がいます」
「どんな感じで?」
「その稀人、バクジー様とお呼びしていましたけど、洋次やガリュ様と違って身体中が緑色で目玉が三つあるお方でしたけど」
「なんだ、それ。どんな異星人なんだ?」
ついつい荒っぽい口を開いてしまい反省する。冷静に観察すれば異世界人と異星人の違いなんて、あってもなくても同じだろう?
「バクジー様がオルキアに現れた時は、ライジンが轟いて、お身体を何重のライジンの輪が渦巻いていたと。そして姿が消える時も」
ライジンは電気系の総称らしい。その正体が魔法なのか超常現象か、ナゾだ。
「同じ、ライジンの輪に包まれた?」
「その通りです」
「私の場合は、そんな派手なイベントなかったなぁ」
「そうなんですか?」
転移直後のイベントなら、ウエルカムでした。なにしろ、メアリーの世界遺産並みの連峰に埋もれて……。そして右の強打をくらって気絶しました。
「洋次。姫様のためにも、まだまだサラージュにいてください」
「は、い」
それは約束できないよ。
もしくは、どうしても残って欲しいなら。
メアリーが真剣だから、洋次は頬の筋肉を強ばらせるしかできない。
「職人さんの書類、探そう。メアリー」
「はい、洋次」
この笑顔がお宝だ。プライスレスだ。この刹那だけで洋次はオルキア。違う、サラージュに転移しても人生丸儲けだと宣言できる。
ペラペラ、バタン。ペラペラ、バタン。
「これは、レーマ。でもドワーフ族で?」
書き間違いの可能性がある。
「メアリー」
「はい洋次」
あ、なんかこの会話とてもいい。
そう感じてしまう十六歳の青年が、サラージュの稀人様なんだ。




