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86 稀人の仕事だから、うん、仕方ない

 洋次のカンは的中した。


 ミーナーの強烈なライジンで全長十メートル級のサーペントから抽出した軟骨は、サラージュの城に帰還した頃には収縮が始まっていた。腐敗臭が漂うのも間近だろう。


「ってことは、殺りたてのホヤホヤじゃないとこの素材は歯型をとれない」

 そうそう都合よく大型のサーペントを倒せるほど異世界は甘くない。飼育って選択は……。


「論外です」

 とメアリーにキッパリ拒絶されました。

 洋次が間借りしているサラージュ城の東側尖塔の地階。メアリーと打ち合わせを始めたんだけど、予想通りの難敵美少女だ。


「凶暴なサーペントを飼育した記録がありませんし、第一エサはどうするんです。生き餌しか口にしないんですよ」

「そうだよねーー」

 分けてもらった時はぷにぷにしていた軟骨も、もうぶよぶよ。食べる分にはまだまだじゃないのか。


「でも」

 まだある種諦めきれない洋次は、ミーナーの捨てるところがないサーペントの活用法を脳内反復させていた。


「煮たら、どうかな? 腐敗は遅らせるし、先に固めてしまえば、それ以上縮小もしなくなるはずだし」

「煮る、のですか」

「試してみていいかな、メアリー」

「承知致しました。となると鍋よりも火に耐える小皿などを揃えるのが宜しいかと」

 メアリーは見た目やボディはトップクラスでも普通の女の子だ。蛇は嫌いなんだろうけど、ちゃんとタメになる提案をしてくれる。感謝だ。


「助かるよ、め」

「仕事ですから。それでは準備を致しますので」

 さらりと洋次の射程距離からスリ抜ける。ねぎらいの肩たたきやお手々ニギニギをする余地すらなかった。


「硬いなぁ。身体は柔らかなのに」

 初対面で胸にどうしたとか、その夕方、衣服を捨てたメアリーとなにがあったのかは、封印している。していないと、イツ暴走するかわからないくらい誘惑的な環境に居るのが洋次なのだ。


「だから寒いって、北風バンシー

 極局地的に真冬の突風が吹き荒れる。発射源は、北風の精霊の幼生体、バンシーだ。




 粘土を集めてかまどを造る。竈と言うと炊き出し用の釜でも据えられそうな本格的な品を連想してしまいそうだけど、洋次が設計したのは掌サイズ。


「まるで実験室だね」

「いや、実験室でしょう」

 鍛冶職人見習いのコダチ。鍛冶屋師匠ランスの息子さんで、サヤのお兄さんでもある。


「ところで、このガラス容器は?」

 連なっている竈の中で唯一鍋やお皿じゃないアイテムが載っている場所を指差すコダチ。


「これはアルコールを抽出するんだ」

「アルコール?」

「今回の竈作戦でたった一つ成功が約束されている、実験じゃなくてもう製造だね」

「アルコール? お酒を煮てモンスターの食事をつくるのですか?」

「いや、お酒から純度の高いアルコールを分離する。これで消毒することで病気の拡大や感染症のリスクが減るんだ」

 アルコールが飛んだお酒の後始末は、考えていない。


「かんせんしょう?」

「アルコールに、〝わた〟が欲しいなぁ」

「わ・た・? それは?」

「そっか。木綿はサラージュじゃ普及していなんだね。色々便利な植物繊維なんだけど」

 ナイものは仕方ない。


「はぁ」

「でもこれ、本当に中学校程度の理科の実験の光景だな」

 マグカップ一、二個前後の容量を大量に煮ているんだから、的外れでもない。


「洋次、ま、れ」

「洋次だよ」

 堅苦しいから稀人様とは呼ばないようにお願いしている。でも、慣れないらしい。


「洋次。想像通り固まりだした鍋があります」

「ええっと。これはサーペントの鱗を砕いた鍋か」

「鍋の水が泥々になりましたけど、これで歯型を?」

「これで」

 棒で鍋をかき回す。棒に付着した粘着質の物質は、真水のように流れないしポタポタ落ない。


「サーペントの鱗が一番良いかな」

 印象材。歯型を採るためのシリコンの代用品は決まった。


「ヤスリとドリルはランス師匠から譲ってもらうとして」

「まだ道具とか不足ですか?」

 レントゲンは期待していないけど。


「ドリルを安定させるスタンド。それに入れ歯床の原型」

「どんな道具です? 私が協力できますか?」

「うーーん。家具職人か木工職人の領域だな」

「家具?」

「サラージュじゃ一軒雑貨屋さんがあったけど、あそこで製作してないよね?」

「ええ。昔はお城に専任の職人がいたそうですけど」

「ああ。中世風だねぇ」

 でも、実は日本だって似たようなもの。

 中国、少しインドの高度な技術を輸入した寺や利権に護られた神社の製造物の〝おこぼれ〟の販売が門前市や座。そこから中世経済が活動していたのだ。


「その職人さんは、いまどちらに?」

「すみません。私はお会いしていなくて」

「そうか」

 内実は新興貴族なワルキュラ領サラージュだった。


「家具職人なら、スタンドとか色々頼めたのにな」

 またもナイものは自分で模索をするしかない。


「ん? お城の職人?」

 サラージュのお城の内部事情を熟知している人物がいるじゃないか。


「とするとメアリーに尋ねるか。いやあこれは仕方ないなーー」

「洋次、どうしてワザワザお断りを入れるんですか?」

「そう? いや、これはサラージュの稀人の仕事だから、うん、仕方ない」

「そうですか。行ってらっしゃい」

「仕方ないしかたない」

 顔文字笑顔になり変わっている洋次の笑顔だった。



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