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83 『寝てれば良い夢』とも言うし、『打たなきゃマジックアローは当たらない』とも言うしさ

「サラージュってさ」

「なんだい、突然」

 メアリーの不思議な感謝の翌日。ランスの工房に立ち寄ってみるとホーローも顔を出していた。王都で修行した触れ込みの女性細工師さんは、後日入れ歯や義歯の製造で役立って欲しいと考えている。


「実はチキュウから異世界転移して、お城と町。しかもニコのお店とか、この工房とか正直行動が限定されているんだよなぁ」

「それで」

 鍛冶屋師匠のランスも、弟子でミキサー製造の指揮者になっている息子のコダチも忙しそうだから、おヒマ二人が、そのまま流れでダベリに突入していました。


「実際どのくらい広いの? 土地とか」

「あんたねぇ」

 洋次をあんた呼ばわりするのは現在ではホーローだけになっていた。異世界人は稀人だから、敬称の対象らしいですよ。


「仕事がなきゃ自分で歩くなり馬で散策でもしたらぁ。〝いんしょうざい〟とか〝ぎし〟の素材だって見つかるかも知れないじゃないか」

「そっか。そうだなぁ」

「ま、『寝てれば良い夢』とも言うし、『打たなきゃ魔法の矢(マジックアロー)は当たらない』とも言うしさ」

 それは果報は寝て待てと、犬も歩けば棒に当たるか下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるだろうか。


「どっちですか」

「どっちもだよ。当たった方にノレばいいのさ」

「はは。スゴい自己中解釈」

 でも、やる気。お宝探しのサラージュの冒険クエストに乗り気の洋次。馬に。


「あんた、まだ馬下手だねぇ」

「あ、いやぁ。そこそこスピードアップはしたんだけどぉ。お! おお!」

 もちろん、ホーローが馬の尻を叩いて急かしたのだ。


「行ってきマーーす」

「じゃねぇーー」




「で?」

 洋次の前方、十メートル以内である。


「あれってコブラ? 超々巨大なコブラ?」

 ヘビーゲームマニアではなかった洋次は、巨大蛇サーペントの呼称を知らない。


(しゅるしゅる)


 洋次はハリス領と接しているサラージュ東ではなく、西側に馬を走らせた。それが、素人考えだと、脳髄にも身体にも刻まれそうだ。


「あーー。あーー蛇さん、私は『モンスターの歯医者さん』でぇ」

(しゅっ)


「ああ! 間合いを狭めているぅ!」

 東側はハリス領の訪問で知っているつもりだった。だから反対側の西。西の方がハーピィに占領されていたとコダチから教わっていたけど、マジ忘れていたのだ。


「逃げよう」

 サラージュの西側。人の手から離れて草はぼうぼう。木々も痩せた雑木林な、野性化した荒地に、不意に巨大な蛇モンスターが出現、遭遇してしまったのだ。


「どした、動けよ。はい、Uターン」

 馬の手綱を引く。反応がないから叩くように上下させても馬は移動してくれない。


「ああ。動かない」

 へなへな。サーペントに睨まれたら硬直してしまうのは蛙だけではない証明をしました。


「こ、こら地べたに座り込むな。腹ぁ冷えるぞ」

 洋次もハイレベルで混乱している。


「ええっと」

 くどいくらい補足したけどこのオルキアは剣と魔法の世界だ。洋次だって護身刀くらいは携帯している。


「って、この蛇と対比するとドーベルマンに爪楊枝だね。歯科器具の第一号らしいけどさ」

 松の葉。あるいは楊の枝が原始の爪楊枝だったそうです。


「私も洋次。で、おアトがよろしけれ」

 ふぁぁっ。

 サーペントの牙が洋次を襲う。爪楊枝程度の護身刀は、たった一撃で弾け飛ぶ。


「どうしよう」

 動けない馬を犠牲にしようか。


「でもサイズ的には馬より」

 洋次のほうがサーペントには手頃お口頃なサイズだ。


「ここで死ねるかよ」

 って格好つけても、まともな武器はないし魔法だって全くだ。


「どうしよう」

 目を瞑ってしまう。それで、どうなるものでもないんだけど。


「身体を低く。それから金属は手放しなさい、でしょう?」

 あれ。誰だ、この声。聞き覚えがあるような、ないような。


「ライジン!」

 ぐ、オン。洋次の背後から色彩が失われ同時に蛇がハネた。


「ライジン、まさか」

「稀人さん。頭低く!」

「はい。ぅわ!」

 正確なライジン。電撃だ。


女中頭(メアリー嬢)から馬で外出したと聞き及びましたが」

「コンラッド代官に、馬車?」

 コンラッドは愛馬に跨っているから、ハリスのお嬢様、ペンティンスカお嬢さんもご同行らしい。


(ぎゅゅるゅゅ)


 鎌首を一度二度と大回転させたサーペントは、相手が強敵だと判断したのか撤退する。


「させぬ」

 どどん。またしても世界は真っ白。


「雷撃の乱打か」

 それ以外の何物でもない攻撃が巨大なサーペントに降り注ぐ。


(ひゅ、げ!)

 肉が電流か熱で焼けた匂いだろうか。香ばしいような爪とかを焼いたような不快さが混じった匂いが周囲を支配する。

 ゆっくりと蛇はじめんにのめり込み、沈黙した。多分永久に。


「たす、かった」

 もう動かなくなった巨大蛇の姿に安堵して、座り込んでいしまっていた。



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