82 サラージュは目標を取り戻しています
オルキア王国のサラージュ領。行政府の役目を果たすべきサラージュ城だけど、今は仮眠中。なぜって領主が未成年だから。
未成年って年齢やカレンダーで突然大人になるどこかのふざけた国と違って手続きや通過儀礼が不可欠なのが剣と魔法の異世界。それが決まり、それがルール。
「どうしたの」
サラージュ城の管理を一人で遂行している各方面でスーパーなメイド、メアリーが正門で立ち尽くしていた。
「驚きました、洋次」
お客。失礼しました、患畜がないのですっかりランスの工房に入り浸っている洋次の帰還をメアリーが出迎えての第一声。
「大型のミキサーの注文が来ました。それも二口です」
「そりゃスゴい。じゃあランス師匠に」
「いえ、待ってください洋次」
「そうか。カミーラ姫に報告がマナーかな」
「いえお待ち下さい」
「ああ、姫には面会の申請が必要だったね。それじゃ姫にはメアリー女中頭から報せてください。姫も大型ミキサーの売れ行きは気にされていたみたいだから」
「洋次、稀人様」
「はい?」
じっ、じ、じじぃぃぃぃぃ。
「め、めあ、メアリー?」
「あの。ミキサーが、大型のミキサーが月に一台くらい売れると、もう一人くらい雇いたいとコダチさんが」
「コダチが?」
「ええ。ミキサーはコダチが主導するようにランス、いえフィエル氏が」
「ふぃ、ああ。ランスは名前だったね。確か、家名がぁ……」
「はい。合計で四人の村民が就職できます」
「それ。まだ未確定だから」
「でも、半分休業中だった鍛冶屋も稼働してます」
「ああ。そうだね。ランス……」
「フィエル氏ですけど、貴方ならランスでも構わないのでは? フィエル氏にも活力を与えた稀人様ですから」
「そっかなぁ。どうも年上を呼び捨ては苦手で。で、ランスに報せに行きたいんだけど?」
「ああ、あの」
袖が熱い。診療。本当の歯医者からすれば診療の真似事だろう作業中じゃないとラフなシャツ姿だった。
「シャツ?」
シャツの端を鷲掴みされています。
「ええっと綻びて」
「ないけど?」
「その。洋次様」
「あの」
あんま頬が紅かったり唇が艶々だったりして、それでいて急接近すると勘違いしちゃうぞ。
そして。
「ありがとうございます。少しずつだけどサラージュは活気を。何より目標を取り戻しています」
「そうかなぁ」
「あの、サラージュは、ワルキュラ家はまだ三代目。貴族としては日が浅いのです」
「らしいね。私的にはスゴいけど」
「領民も、寄せ集めかき集めで」
「あれ、それ初耳」
「ですから、貴方が希望を与えて下さいました」
「仕事を、だよ。あのさ、ランスとか結構皆カミーラ姫やメアリーを評価よ」
「ウソ」
「ウソじゃないさ。主に私への牽制を、ね」
エッチな行為への牽制とかハレンチ行為の禁止とかヘンタイ行為の厳禁とか。
「それは?」
「うぅぅぅ。自分の脳内のアナウンスで墓穴だぁ」
涙ダーダーでしゃがんでいる性少年。
「でもハレンチでも感謝しています」
「あ、本心」
「感謝しています。貴方なら、これからも」
「はい。宜しく」
「これからのサラージュを宜しく」
「はーいーー?」
ゆっくりと。ゆっーーくりと。メアリーは洋次に頭を下げた。しだれ桜か柳のように、ぱらぱらと金髪のハミ毛が流れる姿を鑑賞した洋次は、お辞儀以降唇を動かさなかった美少女すぎるエルフのメイドを見送った。
「どしたん?」
洋次の足元。そして全身に小さな氷解が貼り付いていても、もう見えなくなったメアリーを見送る稀人様がいた。
「バンシー。動けないぞ、こら」
何度も寒い寒い北風をくらって足が凍っていました。




