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81 異世界の大人たちの都合


「長官、長官」

 長い長い白亜の通路。技術的には不要になっている石柱を張り巡らせている、古臭い表現だと回廊に絶叫者が登場した。


「長官」

「騒がしいぞ、やや。コルバ議員ではないか」

「そうだ。ここは国王陛下がおわす王府。何用で騒ぐ」

「ちょ、ちょうかん」

 コルバ。オルキア王国の議員の一人でヒューマン族。四九歳。


「第一、どの長官だ。この回廊には大勢長官がいる」

 本日の政務が終了して長官などの閣僚高級官吏が一列に王府から退出している最中の闖入者がコルバだった。もっとも議員と呼ばれるだけに、暴漢とかクレイマーではない。


「しゅ、しゅ、し」

「主席長官であるか?」

「は、はい」

 業務が終了した閣僚たち。そして高級官吏。王国の規定で純白をベースにしたチェニック調の衣服がある意味目に眩しい。だけどおっさんが大量に白でもねぇ。


其方そなた、どれ程急き込んでいるのだ」

「そうだ。心の臓腑が破裂する勢いであるぞ」

 白が動く。うなずく。


「主席長官、ナハトジーク公爵、閣下。いえいえいえいえ」

 息も途切れ途切れで、ナイナイと掌を左右にするコルバ。


「王国の一大事ですぞ」

「ほう。愚かなりし何処ぞの近国が攻めてきたか?」

「たまさか暴走モンスターであるか?」

「さ、さ、さ」

「早く落ち着いて話せ」

「承知」

「「「おい」」」

 突然膝を抱えてのぜーぜーはーはー呼吸の姿勢から一転、直立するコルバに集団ツッコミ。


「サラージュの吸血鬼に、して、やられました」

「サラージュ?」

「どこの田舎であったか?」

 数人の閣僚官吏が首を振る。


「先日。そう、稀人が現れたと申請した、あの?」

 サラージュから遠くない領地を持つ閣僚がやっと思い出す。


「はい、そのサラージュです」

「ほほう。まぁコルバ、吸血鬼は此処ここだけに収めよ。あの忌々しいモンスターたちは初代の功績で伯爵に封じられたのだ」

「サラージュが伯爵。ほかに男爵が一名にその下の騎士が二、三家叙任されましたかな」

「まぁ新興貴族ですがな、はっ。吸血族が忌々しい」

「なれど手柄は手柄」

「で、如何にして、〝して〟やったのだ。吸血族とやらが」

「主席長官閣下。宜しですか? 私の記憶違いでなければサラージュの領主は不在のはず」

「なんと。では?」

 王国の要の視線を浴びていても、もう動揺の気配がない。一応議員ですから。


「サラージュの稀人が商品を開発しました」

「ほぅ。些か『かがく』に心得があったか」

「まぁ巡り巡ればオルキアの利になるのだ。サラージュ、いや吸血族が豊かになるのは不愉快だかこれも稀人一代限り」

「因みに、どんな商品なのだ? 美人薬とか?」

「貴殿の細君を美人にする『かがく』なら、余もあやかりたい」

「同意する。入婿になるものではないな」

 下世話な笑い声が漂う。


「ご冗談にも程がありますぞ。コルバ、何を開発したのだ?」

「みきさー。そんな名前でした。食品を粉砕するとか」

「「「みきさー?」」」

 もちろん科学に疎い異世界人だ。


「食品を粉砕したら、口に出来ぬではないか?」

「いえ粉砕して食べやすくするとか」

「食べやすい、か?」

 結局自分で料理調理しないエライ人にはミキサーの利点欠点は意味不明だ。


「しかも、大きいみきさーも開発したとか」

「大きくなって如何とする?」

「大きくなって、さて?」

 ぉぃ。まさかその先を調べなかったのか、この議員。


「でも大小でも次々と開発するのは油断ならぬ稀人では御座いませんか?」

「ううむ。どこか資金を提供したか」

 中央から派遣された官吏のコンラッドが洋次に資金提供をしたのは誰も把握していない。


「なんでも王国軍の某連隊が購入予約をしたとか」

「したのか? 購入を、その訳もわからぬみきさーを?」

「そうだ王国軍の予算は閣僚会議か議員が与えているぞ」

「それは、その予約だそうですが」

 詰問質問の集中砲火で汗だくになるコルバ。


「いや待てコルバ。サラージュの稀人は〝はいしゃ〟ではなかったか?」

「は? い? はいしゃ? 私はその辺は耳にしておりませんが」

 オルキアでも縦割り行政。


「では、どうして『はいしゃ』が商品を開発するのだ?」

「そうだ、開発者とはいしゃは同じ意味なのか?」

「や、その。私はまず御一報をと」

「ええい、半端な情報は混乱を呼ぶ。今の話しはナシだ」

「しゅ、主席長官」

 お手柄、お褒めを期待していた浅薄な男の想いは崩れた。


「しかし、確かに腑に落ちぬ。其方らは先に帰ること、苦しゅうないぞ」

 ぞろぞろ。主席長官に促された白い列は王府外に移動を再開していた。


「どうでしょう。キコローを派遣しては?」

「キコロー? あの礼儀作法、それに文筆まで一々口喧くちやかましい男をか? ヘタをすると貴重な稀人を殺すやも知れぬぞ」

 こそり。後期高齢者突入ン年目の主席長官の耳垢の匂いが平気らしい、とある官吏が囁く。


「ですから、如何でしょうか?」

「う、ぬ」

「もう商品は開発済み。ならば稀人がどうなっても構わぬ上に、むしろサラージュから利権、商品を取り上げるには稀人本人が邪魔。もちろん」

「キコローも」

「で、ありますな。幸いサラージュは三代目がまだ未成年の模様」

「とすると?」

「使える稀人ならば、主席長官閣下の稀人への移籍も容易ではないか、と。あくまで使えるならば、ですが」

「それも悪くない」

 ハタ目老人と壮年の汚れ切った抱擁。


「しかし、みきさーとは何物であろう」

「何物でも、そうそう商品など開発は叶いませぬよ。サラージュの稀人、十六歳とか。精々一度のマグレでありましょうぞ」

「よおし手配しよう。キコローを」

「サラージュに」

 ある利害関係が一致した。もしかしたら廃棄処理なのかも。


「一旦議堂に戻るぞ」

「「それでは」」

 主席長官の年齢に比例したシワが波打った。


「いや、簡単な事務手続きだから、皆はこのままご帰宅なされよ。着いて参れ」

「御意」

 主席長官に耳打ちした官吏だけが同行した。




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