80 開演だ
「そうだねぇ」
御者台の隣席で、自分の膝に肘を立てての頬杖姿勢をする洋次。
「いつかメアリーに昔の稀人の話しを聞かなきゃ、だな。お互いに忙しくて、昔話なんてしていなかったんだよな」
「ねぇねぇ」
「アン、少し静かに」
「あのね、おっきい胸のメアリーお姉ちゃんがアイデアがあるんだって」
「アイデアって、その。ねぇアン?」
思案顔のメアリーの唇がきゅっと引き締まった。
「今、何て言いました」
「おっきい胸」
「ほほぅ」
「あのさ、どうしてワザワザ覗き窓から私を睨むんですかぁ?」
もはやガクブルな洋次。
「ねぇアン。どなたがそんな悪い事言っているのかしらねぇ?」
「父ちゃん」
ご愁傷様。
「父ちゃんがね、おっきい胸のメアリーお姉ちゃんがプルプルだって」
「そうですか」
「め、メアリー。低音でフラットな喋り方は怖いよぉ」
なんか、このままだとマズくね?
「ああ! もーーすぐハリスだぞーー」
「ああ稀人」
御者担当のコダチが握っていた鞭を打って馬車を緊急加速させる。
がらがらがら。
「あれ?」
さすがにアンも馬車の気まずい空気を読んだのかお喋りが止まる。
「ねぇメアリーお姉ちゃん。さっき、ゴニョゴニョはどうかしらって言ったよねーー?」
「あ、いえ。でもメイド風情の意見など稀人様には即刻却下されますから」
「なんかチクリと牽制かイヤミ? どんな意見でも助かるから教えてよ」
「メアリー。洋次は困っています。意見具申を為さい」
がらがらがら。
「あーー大きい街道だよーー。馬車が何台も通れるねーー」
「あれあれ。アン嬢。窓から顔を出すのはエチケット違反ですよ」
「はーーーい」
子供は痛い目にあったって大人の注意なんか聞いちゃいない。
顔頭どころか上半身乗り出したアンは、サラージュでは体験できなそうな過密な交通量に驚嘆している。
「あの、スライムモンスターはどうなのでしょうか、と」
はいスライム頂きました。
メアリーは小声で呟いたんだ。でも、藁でもすがりたい洋次にはそのヒントははっきりと明瞭に届いていた。
「そうか、スライムか」
ここはバナト大陸のオルキア王国。吸血鬼ではない、吸血族が領主。エルフがメイドの異世界だ。
「そうだよな、『モンスターの歯医者さん』だったんだよ」
つまり科学力技術が足りないなら、剣と魔法で補えばいいんだ。
「サラージュに帰ったら原点から素材探しを再開だ」
「洋次」
「ごだーーい、ろくだーーい」
サラージュでは荷物は満載じゃない荷馬車がたまに通るだけ。それが連なってすれ違うなんてアンには、それだけでカンドーらしい。
「洋次どうしました?」、「なに?」
がらがら。
手綱を絞ろうとしていたらしいコダチが洋次と向かい合う。
「失礼、稀人様」
「いや呼び方とかの問題じゃないから」
「はやいぞーー。荷馬車はやいーー」
男でもくすりと笑えるらしい。
「いやゴメン。〝負いた子に教わりっぱなし〟だから可笑しくて」
「さて?」
オルキアには、負いた子の諺ないのかな。
「アイデアも味方も、決していないわけじゃないって、さ」
「はい」
「さて長旅ご苦労様でした。カミーラ姫、メアリー女中頭、アン料理長、コダチ技術主任」
アンとコダチの役名は、たった今即席で襲名。
「ふふ。お芝居楽しみですね」
「ひ、姫様。ここ今回だけですからね」
「アンはご褒美もらえるなら、時々いいよ」
「だ、そうです。稀人(洋次)」
「ありがとうございます」
ハリス領ハリスの町に到着。
サラージュの産業の期待がかかる大型ミキサーの実地実演販売の寸劇が始まろうとしている。
「開演だ」




