08 オルキア語で構わないから
……結局、スタート地点に戻ったんだけどね。
小さい町の中心地から徒歩で離脱する。
足元は凸凹の未舗装。砂利道ですらないし、街路樹や歩行者と車両を区分けして保護するガードレールなんて施設もない。
過疎っているから登山道や獣道よりは広く踏み固められた荒野を歩いている気分にハマっている。
「そう、わたしメアリー。してる?」
そうだ。全てが最初からやり直しだ。だから自己紹介をする若い二人。
「板橋洋次。十六歳、高校生。で・す・」
って会話しているけど、メアリーは洋次を牽引したままスタスタ歩いている。
「こうこうせい? 『がくせいしょ』のいみだね?」
単語の解釈だけじゃなく、男言葉と女言葉が混乱している。と脳内ツッコミをする洋次の英会話力で性別と年相応のスラングに言い換えるなんて不可能だ。
「そうそう。あのさ」
「ようじ、ずる」
くんっと洋次を拘禁しているロープの端っこを手繰り寄せる。
「にげるのいけないわ。がくせいはせんせいのゆーこときく」
「せんせい?」
メアリーのどこが先生なんだ?
手段や目的とかは超常的にクエスチョンマークだけど、異世界にトンだばかりの洋次に右アッパーして気絶させ、血ドバッと脅した美少女のどこに教導の要素があったんだろう。
いやいやいや。お・と・な・の・か・い・だ・ん・を除いては、だけど。
「メアリーはようじのせんせい。オルキア語おしえるの、よ」
「オルキア語?」
そんな会話を、結局姿を目撃しなかったハッタって男子としていたな。
「そ。ここはバナト大陸のオルキア国。オルキア語話す」
「らしいね」
でも、どうしてもニホン語で会話しているようにしか聞こえないのは何故なんだ。アニヲタとかのダベリだと、言葉と空気は共通がお約束なんだけど。
「ぎしき、する。そしたらようじ、まれびと。ここでくらす」
「メアリーは〝ニホン語〟話せるの?」
正当もインチキもとっくに喋っていますけどね。
「そう。むかし、まれびとのメイドした。おそわた。だから、メアリーはせんせい」
大胆にも巨峰。いやブドウじゃなくて、その身体の前の部分を、だから胸をドンと叩いたメアリー。でも、洋次の関心はこの時だけは、そこじゃなかった。
昔、洋次以前にも稀人はいた。メアリーが、ちと不安だけどニホン語を習得してオルキア語の先生になれるほど、つまり長期間その稀人は生活していた。
帰れるだろうか。
それとも、洋次も新しいオルキア語の先生を育成するほど長滞在、いやオルキアに骨を埋める結末なんだろうか……?
まぁ、このオルキアの生活が悪くなければ、骨なんかどうでもいいんだけど。
「ねぇメアリー。まれびとについて説明して欲しんだ。オルキア語で構わないから」
「なぜ?」
当然の疑問だ。でも、ここで〝オルキア語〟を話しているメアリーのナレーションを理解できたとしたら、ある仮定が決定的になる。
洋次は異世界の言葉が解る。読める。
その仮説は、武器になる。命綱だ。
例え地球に、日本に戻れる方法があるなら、いち早くその情報を把握することが必須になる。でも、多分ハイレベルな機密情報のはずだ。でないと、ほとんどの稀人は即座に故郷に逃げ帰ってしまう。
だけど、もしも。
帰れないならば、オルキアで最大限まれびとを熟知するべきだ。洋次をぐるぐる巻きにした町人が、まれびととメアリーが宣告したら、収まった。つまり、まれびとは強力保護か特典つきだ。そうに違いない。
今現在、洋次がオルキア語を知らない前提でメアリーは応対している。油断すれば、聞こえていても理解できないと重要なヒントや隠し事が漏れ聞こえる。それが奥の手になるのだ。
ちょっとどころか、十六歳高校生にしては深読みなんだろう。三国志とか読みすぎたかな。たった五十種類百回程度じゃ、生兵法だけどさ。
でも仕掛けなければ勝機はないから孔明(洋次)は矢を放つ。さあて司馬仲達の返し矢は、どこから飛んで来るか?