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78 優しいんですね


「今日は、ランス師匠」

 食べ物屋のニコと違って鍛冶屋のランスは表札や看板がない。ハンマーの音が看板の代用ってことなんだろう。サラージュではランスだけが鍛冶屋だし。


「おぉ来たか稀人」

「へぇ。これは芸術的ですね」

「まぁな。製作に後三日欲しいとこだがよ、ま、キリがねぇし」

「これが大型ミキサー」

 洋次がランスに依頼してコンラッドに大量購入してもらった商品はジューサーが正しいかも。でも、ランスが仕上げたばかりのミキサーは業務用サイズ。もう手動では駆動できない。


「〝みきさぁ〟ってのを最初に聞いたときは子供の玩具みたいだったがよ」

「ええ。これは小型の馬サイズですね。へぇ軸を傾けたんですか」

「あのねぇまれびとーー」

「アン。待っていたんだ」

 今回の商品販促の寸劇では、アンはお料理係の配役だ。


「そうだよ。これはねーーアンがていあんしたのーー」

「ていあん?」

「そうだよ。だって傾けた方がお料理がよく見えるし、流せるし、すくいやすいし」

「流す? ああ、そうか。撹拌して細分化した具材とかを傾けていれば取り出しやすいからね」

 好き好きだけと傾けた家電が開発されているのも同じ理由だろう。


「これだとアンでもひとりでできるよ」

「これは事実上は業務用ですから、足踏みを提案しました」

 洋次の積極的な協力者でランスの息子のコダチ。


「足踏み?」

「ほらーー」

 電気がない異世界のオルキアでは人力を筆頭に自然の力で機械は活動する。これまでのミキサーのコンセプトは九歳の子供でもつくれる柔らかい食事だった。


「ああ鍋が回転している」

「鍋じゃなくて、〝は〟だよ、回転しているのはーー」

 カバーのない野外扇風機を連想してください。


「そうか。これなら汁で満ちてる大鍋も動くな。スゴいシステムだ」

「その通りよ」

 にこぽん。にっこり笑って相手をポンと叩く、そのまんまの言葉だ。お調子者の意味で使うか、上機嫌の形容だと定年間際の教師が教えてくれた。


「ま、これくらいだと鎚を振るうのも惜しくねぇ」

「色々と感謝しています」

「まぁな」

 洋次は深々とランスに頭を下げた。ランスの協力があればこその大小ミキサー製造なんだから。


「お父さん!」

「え?」

 聞き慣れない女子の声だ。


「もおーー。稀人様に頭下げさせないでよ」

 ぷんぷん。激怒とかじゃなくて呆れている感じ。


「ああ、すみませんね。サヤ」

「サヤお姉ちゃーん」

 アンがぴょんと飛びついた少女。


「あれ、少し大きいアン?」

 先日このランスの工房で酔い潰れる寸前洋次が見た大小のアン。


「初めましてになってしまいますね。ランスの娘、サヤです」

 さらふわ。肩口までのセミロングが流れる。髪の色はランス、コダチと同色の茶色だけど艶とか手入れは段違いだし、身なりも鍛冶屋ってか色あせたシャツズボンじゃない。アイロンがけとかちゃんとしたワンピースを着用している。派手さはないけど、サヤも美少女だ。


「ああ、初め」

「じゃあ自慢のミキサーの説明と洒落こもうか」

「ナゼ体当たりするの、師匠?」

「サヤ。そろそろ姫様がいらっしゃるから。用意しなさい」

「はい、お父さん」

 成る程。言葉使いとかちょっぴり辛いランスの箱入り娘さんなんだ。


「了解しました。師匠、正直料理とか疎くて」

「だからアンが協力したんだよねーー」

「そうそう。感謝しているよ」

「へへっ。父ちゃんにもホメられたんだー」

「ホメた?」

 もしかしてなんだけど、ニコさん。洋次が渡した謝礼は懐に、着服疑惑。


「まぁ子供だからねぇ」

 その辺はニコとアンの親子問題。


「で、よ。稀人、どうだ、これ?」

「ああ、鍋の内側は錫メッキですか? アンから、めっきしたーって聞いていましたから」

「そうよ。軸は鋼鉄製で鍋を支える受け皿は鉄製だけど、鍋は銅製にした。サイズはニコんとこで置いてる、食べ物店とかでは普通の大きさだ」

「成る程。鍋も商品に取り入れると思っていました」

「それもいいんだけどよ。ま、安くない買い物だ。鍋は今まで使っていた慣れた物でも大丈夫にした」

「へぇ。優しいんですね」

「はっ。死にかけのトカゲ潰さない稀人様あんたにゃ勝てんよ。で、使い方だ」

「はい。宜しく師匠」

「だからランスでいい」



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