74 妄想しないから許してよぉ
「稀人様」
「あ、あの。メアリー?」
カミーラに跪く拝礼は当然だ。メアリーの主人なんだから。でも、メアリーは頼りない地球の知識をツギハギして自称している『モンスターの歯医者さん』でしかない。正直胡散臭さマックスで無免許だ。
「数々のご無礼失礼致しました。貴方様はサラージュの稀人で『モンスターの歯医者』。ワルキュラ家の財政の責任などそもそも論外です」
「いや、そんなことない。で、すよ」
「お力添え感謝します。このメイドで可能なことならこれからもお命じくださいませ」
「スミマセン。私も守備範囲狭くて」
カミーラ、メアリーなら、どっちもバッチ来いなんだけどなぁ。
「では、もうハリスには了解はとってまして」
「「とって?」」
にやり。
「シナリオを仕上げたら今日明日にも」
「まぁ素早いのですね、メアリー」
「メアリー?」
あれ。また赤化しました。そして震度一っぽけど、どうも余震っぽくて。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「まぁ大声はいけませんよ、メアリー」
くすりと笑っているカミーラのちっさな拳が口元を隠す。
「まさかかか、ここ、心の準備がぁぁぁぁぁぁ」
メアリーが大赤面で謁見の間をゴロゴロのたうち回って今回の結末とします。
「『治療日誌』っと」
待ち伏せ結婚式プラス治療の翌々日。サラージュの『モンスターの歯医者さん』の患者患畜は一組みだけだった。でも記録する。
「右の奥歯」
ペンを止めて視線を漂わせる。
「確かCの一番とか歯列の番号あったよなぁ」
前歯から歯はナンバリングされている。そうじゃないとどの歯を治療するべきか、治療対処や治療歴が混乱するからだ。
「まぁ歯医者さんが世の中に一人なら」
まだペンは宙に浮かんでいる。じゃないとインクが染みて日誌が汚れちゃうんだ。
「いや、俺が先生になるなんて自惚れてないけど、きっとだ。きっと」
稀人歯医者が倒れても、第二第三の『モンスターの歯医者さん』が誕生する。きっと稚拙な先駆者の批評は覚悟するけど、洋次の足跡はうやむやにならない。
「ま、信じることは勝手だけど、誰だよ。過疎ってる田舎の医者倒すヤツって」
自作自演でオチを結んでしまいました。
「しかし、入れ歯や義歯の素材ではペケだったけど。天然コンクリートって使えるな」
抜歯の必要のない虫歯の治療は、意外にも今日が初めての経験。
「ヤスリで削ってコンクリのパテして」
でもため息。
「入れ歯の次は冠だよな。もしくは男のロマン。とすると」
『治療日誌』の下敷きになっていたノートを取り出す。
「男なら『開発計画書』だよな」
異世界。借り物でも塔の主。そしてこの世界には存在しない開発。
「ふっふっふっ。俺悪魔の技術者っぽくないか?」
こっそりペンを机の上に置いて握り拳。そしてナゾのカメラ目線で思わず独白してます。
「いいじゃないか、稀人様。このまま地球の知識を活用してサラージュを踏み台にっ」
突風。いきなりの風。
「なななな、何ぃ?」
尖塔の内部で竜巻。ファイル化してあった日誌は無事だったけど、秘密の開発計画のノート、走り書きは塔内だけど宙を舞っている。
「どして? ああ、北風!」
プン。
それは──見た目には──五歳くらいの幼女に威嚇されている稀人の洋次、十六歳。稀人は国王にも対面できる身分なんだけど、今の洋次は頂けない。ダメな大人だった、間違いなく。
「ああ、バンシー。ちょっとハシャイじゃったよ。ゴメン」
散乱した走り書きを拾い集めながら、最後に呟く。
「俺ってさ。忙しくて忘れてたけど、結構ハイレベルで妄想空間に踏み込んでるんだよな」
美少女すぎる次期伯爵様のカミーラと同じくメアリー。
荒っぽいけどニコやランスだって悪い人じゃないし、コダチやアンは、それなりに慕って敬ってくれる。
(ダメ)
「はいはい。やるべきことをヤッてから」
強風瞬間風速ンメートル。
「妄想しないから許してよぉ」
モンスターの歯医者さんの道は、多分厳しい。




