71 モンスターたちは治療を待っているんだ
「さて、と」
帰路に就くコダチとホーローを見送りながら洋次は背伸びする。
「ハリスから二頭の歯のお手入れの予約が入っているんだったな」
予約の患畜は、そのまま帰路でミキサーをハリスに届ける二役をしてくれる。オリクの代官、コンラッド・タッカー。ムダのない能吏さんだ。
コンラッドが派遣した家畜は歯石を除去しただけ。数分で帰還してしまいました。
そして、『ニコの店』。
「これ」
「ああ、この前のミキサーじゃねぇか。試作品とかは返しただろ」
コンラッドの代理人はミキサーを一台放置した。忘れたんじゃないし、キャンセルでもない。
「なんだか、高い品物なんだって? それ」
「もしかしてホーローが喋りましたか? 量産品で二百五十タウス」
「いらねえよぉ!」
鬼の形相なニコ。食べ物屋の主人でアンの父親だ。
「いえ、コンラッド代官が、これをアンにプレゼントだと。昨日の日当だとか」
「コン? ラッドって昨日の金持ちか?」
無理やり本物も強行したけど貴族のお姫様お嬢様のお茶会を開催するんだ。
「そうです」
「でも、これでトカゲの餌をつくるんか?」
「それだけじゃなくて野菜ジュースもつくれます」
「野菜だぁ? そんなの生で食えばいいだろぉ」
「ええっとニコさん食べ物屋ですよね」
飯屋、食堂とも言うけどニコの店は持ち帰り系に比重している。店内外の座席数は併せて十脚に満たない。
「生野菜とは違うメリットが野菜ジュースにはあるんです。それに」
「あーー。まれびとーー」
「おっ帰ったかアン」
「うん。あーーまれびとーー。あのね、今日はランのおじちゃんのお弁当の注文がふえたんだよ」
アンは基本的に眩しい笑顔だから、ほっこりさせてくれる。
「そうだってね。人を雇ったとか」
雑巾でも放ったかな。やや湿気た音が調理場から届いた。
「まぁよぉ。ドダイの息子が他所に奉公しないで済んだのは悪りぃ話しじゃねぇけどな」
「そうなんですか」
「あんま知らねぇらしいな。ヘタな奉公先だとまともな飯も食えないで使い捨てさ。ま、実際ほとんどは口減らしだからな」
「なんだか」
昔歴史で習った産業革命初期の幼年労働が現在進行形なんだ。厳しい現実なのは家畜モンスター専門じゃない。ニンゲン・ヒューマノイドも一緒なんだ。
「まぁだから俺だって協力したくはあるんだぜ。でもどんな料理に使うか知んねぇ機械に二百五十タウスなんてよ」
「ですから、これはコンラッド代官からの贈り物です。メンテナは目と鼻の先にランスやコダチがいるから、ニコさんは幸運です」
「だからこれでトカゲ。おっと」
「とうちゃん、まれびと!」
イグをトカゲ扱いはダメなんだ。一人っ子だったらしいアンには兄姉なんだから。
「すまねぇ」「ごめんね、アン」
「このミキサーはね」
貸してのポーズだろうか。アンは両手を真っ直ぐ伸ばしすバンザイの姿勢。
「ねぇとうちゃん、まれびと。このミキサーの使い方しらないの?」
「知ってるよ、だからニコさんに届けに」
「ちがうよーー」
当たり前だけどアンは九歳。まだ童女だ。ホーローとコダチ以上の身長差があるせいだろう。ピョンピョンと飛び跳ねながら語る。
「お料理を混ぜたりスープ混ぜたり便利だよなんだよーー。昨日ね結婚式のお手伝いしてきずいたんだーー」
「「え?」」
最近は料理男子なんてオカシなワードもある。厳密には料理人は男子の専売だったのだ、昔は。でも、洋次は現代社会のイケナイ見本。レトルトやインスタントにかまけて料理なんてほとんど経験がない。
「それは」
「でもアン。ウチじゃ鉢か椀で混ぜりゃ済むだろ」
「だから大食堂ならひつようだよーー。アンが大きくなったらゼぇぇぇっッタイひつようだよーー」
大食堂。それは料理人レベルゼロの洋次には計算外の購入者の開拓だった。
「ミキサーが必要なのは歯が弱った人たちだけじゃないんだ」
「まだウチは要らねぇけどな」
「『負いた子に教わる』か」
料理の部門ではアンが先生だろ、洋次。
「だから暖められるといいよーー」
「それは器か鍋のどこかに炭を入れるポケットをつくるか二重底にしてお湯を注げれば」
「それはお前さんの勝手だ。まだウチはこの一台で充分だ」
「じゃあニコさん、アン。このミキサーはプレゼントですから、急用を思いついたので失礼します」
歯が弱い富裕層だけじゃない。大量の料理は食堂以外にも購買対象が拡大する。軍隊とか有力な貴族とか。
「まずコダチの、ランスの工房だ」
もっと速く走れ。サラージュの北隣りの次期当主、ヴァンの叱咤が脳裏を過る。
「そうだ。モンスターたちは治療を待っているんだ。急げ洋次」
でも手押し車に追い抜かれている洋次の騎乗だった。




