70 ガーガー鳴くだけのカラスより
「うちの鍛冶屋に下働きの親子二人とそのまた下働きみたいな見習いを雇いました。これもミキサーのお陰です」
「サラージュの雇用に一役買えて幸いだな」
「三人も人を増やすとそりゃ安く売れないねぇ。で、私はどうするん?」
ここまでは鍛冶屋とミキサー関係。細工師には無関係な話題だ。
「ホーローもう少し待ってね。稀人が造ったミキサーは高級品。その印象があってサラージュでも量産体制が整った頃」
「安くたくさん売る?」
「ホーロって凄いね、正解。憧れのミキサーをたくさん安く売る。もちろんコピーやライセンス違反商品も出回るだろうけど『サラージュ印のミキサー』が一番。だってランス・コダチが関わっているからね」
「いや、まだそんな」
「で、ホーローは第二弾。実際は順番が違っちゃったんだけど」
「違う? どこがどうしてさ」
「その、つまりミキサーって治療とは直接関係ないんだけど、義歯が完成するまでイグたちを守るためには避けられなかったんだ」
「あ、初対面でそんな流れだったねぇ」
「覚えてくれて幸いです。義歯、つまり失ってしまった歯を補うアイテムはホーローが主導してもらいたんです」
「主導って結局稀人が指図するんだろ?」
「ホーロー」
「口は積極的に出しますけど、でもホーロがいなければ稀人も結局ガーガー鳴くだけのカラスより質が悪い」
「カラスですか、ハーピィの啼き声よりはマシですけど」
「あ、前にもそんな情報あったけどハーピィってそんな」
「あれは不死族より性悪ですよ。残念ですけどサラージュの西はハーピィたちの巣なんですけど」
「そう。でも悪いけどハーピィは後回し。お、私は」
まだ俺自称の地がでてしまう洋次。
「ホーローの手助けがないとミキサー製造で終わってしまいます。もちろん軽工業も立派な職業だけど、せっかくモンスターの歯医者さんを自称するなら本物になりたい。だからホーローが必要。ランスやコダチだってミキサー以外も手伝って欲しい」
「必要ってさ、あ、コジコジ女性に暴力禁止」
「ああそうかい。下ネタバラまくのは淑女じゃないもんな」
「見本みたいにハマったヘッドロックだなぁ」
そう言えばコダチとホーローの年齢を聞いていないけど、もしかしたらこの二人幼馴染かガキ大将同士だったんだろうか。狭そうなサラージュだからな。
「そろそろいいかな。ホーロー。お宅には黄楊の在庫はどのくらい?」
「んんーー。仕事してなかったから長いのは五、六本で短いのは長いの十本分くらいじゃないかなぁ」
「伐採してどのくらいです?」
「ちゃんと乾燥しているか? そりゃ自慢するくらいカチカチさ」
「うーーん。昨日どさくさに紛れてコンラッドからハリス領で十本貰ったけど」
「ツゲの乾燥は一年は欲しいからね。そいつは即戦力じゃないね」
でも今日切らなければ一年後に使えないから仕方ない。
「しかし黄楊って意外と普通の樹木だったんだなぁ」
「まぁ死者の弔いで黄楊の枝葉を供えるのは珍しくない儀式ですから」
「だからさ。墓場の草って嫌がる人もいるけどその分、パワーが潜んでいると考える人もいるし、なにより硬くていい素材だから」
「そう明日にはカンコー領からも二十本くらい輸送してもらうけど、当面はホーローの在庫頼り」
「でもさ、どうやって〝ぎし〟をツゲで造るのさ?」
「問題はそこ。つまり歯型を採る素材がまだ未定なんです」
「それじゃあダメだよ」
「ホーローそう簡単に切るなよ。とすると?」
「私から提案をしますけど、その素材の吟味や実験、そして発案を手伝って欲しいです」
少し洋次には重い沈黙があった。
「どうやって?」
「私たちがお手伝いできるのは設計の助言ですか、洋次」
「そう、型どりをする素材、印象材と言います。歯型を取れればあとは黄楊と天然コンクリートで義歯問題はほぼ解決間近です」
「歯の形で、ぎ・し・?」
また自分の歯を指差しているホーロ。
「パーツによっては入れ歯、義歯床とかいいます」
「パンとかでもまぁーるい歯型が残るけど?」
「パンでは入れ歯や義歯の歯型としては大雑把過ぎて。入れ歯って一回ヤスリがけ追加するかしないかで違和感とか装着感が全然違うんです」
「それほど繊細だと?」
「まぁ私みたい」
お約束のホーローのチャチャ。
「今すぐ素材をってわけじゃないです。どんどん意見してください。例えば粘土はどこでも手に入るけど口にいれたくないし、柔らかすぎて不合格です」
「樹脂は? 松脂とかいかがです、洋次」
「ああ、結構いいアイデアですけど松脂だけだと粘着していて」
「混ぜる?」
ホーローがコネる仕草をする。
「どれとどれを混ぜるのか、もしかしたら焼入れしたり溶液に浸したり」
「そ。それを試すんだね」
「取り敢えず私はミキサー制作をメインに」
「頼みます。ところでメアリーにそれとなく打診したんだけど」
「メアリー?」
あまりホーローと相性が良くないんだろうか。眉が折れ曲がっている。
「あの娘気難しくてさ」
「いいですか? 実はサラージュ城の広さの割に使用空間や施設が少ないから、もしミキサー工房や義歯工房を移転、なんて」
「まぁ」
頭を掻いてホーローを伺うコダチ。
「ミキサーで炉を使うのは軸か刃の箇所だけだから私は移転も」
「特に問題はないよ。でも寝泊りは?」
「ほとんどの建物は手入れすれば問題ないと」
「ま、今は〝ぎし〟をどうやって造るか決まっていないからね」
「そうだね。印象材を、オルキアの現在で可能な歯型を採りたいから」
第一回のスタッフ会議はこれにて。




