07 この人は〝まれびと〟です
板橋洋次、高校一年生。
登山中に霧に包まれて罠っぽい穴に沈んだら、ナゼかエルフとかドワーフがナチュラルに同居しているファンタジーな世界にトンでしまった十六歳だ。建物は石造とか土レンガばかりで木造がなさそうだし。
お見事にぐるぐる巻きだね、と自嘲気味に呟く。
異世界にいるハズなんだけど、不思議と会話は理解できる。そこがとても不思議だけど、異世界の二番目の命題は、この絶体絶命的な状況で命綱を手放さない方法だろう。
「で、どうする。あんま見かけない顔だが?」
「髪、黒いのはどのこ種族だ? ドワーフの血か?」
ああ、遺伝子とかは血で一まとめされているって分析している場合じゃない。でも、身体は厳しく縛られているし、ご丁寧に足首にもロープ。もちろん、漬物石みたいな重石が結ばれている。
「領主に処理」、「バカ。領主は今いねぇだろ」
領主? ファンタジー世界のステレオタイプな社会構造は貴族制なんだな。
でも、いない?
「でもよ。このまま縛ってどうすんだ?」
「埋める?」
どうにかしてください。埋めないでください、もちろん殺したりダメージも勘弁してください。宜しければ許してください。そんなボディランゲージの願いを込めてえへらと笑う。愛想笑いで事態が進展はしないのだけど、でもなんとかなる事例もあるらしい。
「お、おい。場所を開けろ」
「ああ、もう来たんか」
何故の大行進だけど、広場で眉間に皺浮かべている町人のほとんどが上空を眺めた。
あれは超人の飛行じゃない。
ならば、飛行機はファンタジー世界では御用じゃない。
残念だけど竜は、今回出番はなさそうだ。
「は?」
「ああ、もう来たぞ」
ヘリコプターか小型ジャイロかと錯覚した。飛行機系にしては無音だったから、最近浸透している遠隔航空機なのかなとも疑った。
お・ん・な・の・こ・だった。
しかも、超美形。金髪でゴスロリなデザインの真っ黒な衣装で……。あのシルエットと起伏は間違えようがない。
「め、メアリー?」
お待たせしました。やはり、でした。上空から、やっぱり真っ黒な日傘タイプを片手に飛空、ゆっくりと広場に降りているのは、メアリーと呼ばれたエルフの美少女でした。
「見るなーー」
傘──パラソルでいいのか? ──は右手でしっかり握って、でも左手は長いワンピースの裾を抑えて叫ぶメアリー。正直、下が覗けるデザインじゃないし、微妙に覗けたとしても、ファンタジーワールドではスカートの下は、ズロースって名前のセクシーポイントが低い着衣だったはずなんだけど。
「こらーー」
ワンピ着用なのに飛行している自分のスカート鑑賞を注目禁止する、ややオマヌケな発言だ。
「あんたらの母ちゃんにいいつけるよ」「そりゃ止めてくれよ」「オジンってサイテー」
少数派の女性陣から、非難の声が鳴り響く。
「……あ、そうだな」
どこでも、母ちゃんやオバさんは強いらしい。
「おい、皆、足元を見ながらもっと隙間を造れ」
「おい、目を瞑れ」
異世界の壁を粉砕するお約束がここでも展開された。町人は、遮蔽効果ゼロな指の感覚でメアリーの着地をお鑑賞している。しめしめ、もちろん縛られている洋次は掌アイマスクは造れませーーん。
「だからーー怒りますよーー。もぅ、みないでくださいーー!」
さすがにうつむき加減でツッコんでいた。
「いいから、早く降りなよ」
メアリーの命令通り顔を背けて思い出したこと。またしても奇妙な現象の連発だ。町人だけじゃなくて、メアリーの絶叫も指令も明確明瞭に把握できるじゃないか。
「ふーーう」
すったもんだでメアリー着地。傘を畳んで身支度を整えながらぐるぐる巻きの洋次に歩を進める。
「領民の皆さん、落ち着いてください」
あれあれあれ。エルフ年齢は人間の数倍って説もあるけど、そこはまぁ別問題としてメアリーは外見だと洋次と同じくらいの年齢と推測している。
「いいですか」
一方洋次を縛り、メアリーと併せて同心円を形成している町人たち。種族人種もバラバラだけど、メアリーや洋次には親世代の年齢層だって少なくない。だから、小娘で片付けられそうなメアリーなんだけど。
「ああ、済まなかったな。メアリーでもさ」
「いいですか、ここは下がりなさい」
拡大コピー表現すると大人たちを威圧して恫喝して黙らせたメアリーは、ふぅーーーと長いため息をついた。
「またく」
ここは、言葉が再度インチキ語に変換したことが問題じゃない。洋次とメアリーは数センチって距離まで接近して再会した。まぁ逃げて別れて? 二時間ちょっとだけど。
「どうしてにげた? の?」
ザンネン。ぐぐっと前かがみになったメアリーなんだけど黒いワンピの上に、更に黒いコートを羽織っっていた。黒い雲が谷間を隠している。
「見えない」
「にげたの、どして?」
困ったことに洋次が落ち着かないで顔を動かしたのはバツの悪さと間違えたメアリー。あんま疑うとかしないらしい。
「まってて」
おやおや。縛られた異世界人と対話していた美少女は、オッさんたちの群れに乱入する。
「この人は〝まれびと〟です。興奮しないで」
まれびと。
そうだ、俺異世界人なんだ。エルフのメアリーや町人には訪問者の洋次が、洋次には物語だけの存在だった町の人たちが、異世界人なんだ。言葉に関しては、不思議だけど。
「なんだって」「いや、確かに黒い髪と茶の瞳は、ここいらじゃ珍しいけど」「まれびとって、どこのまれびとだよ」「ウソじゃないだろうな」
ガヤガヤがやと大合唱だ。ポンチョの洋次を発見即包囲していない町人も、まれびとの言葉には反応が過剰に感じる。稀人だったら、どうなるんだろう。
「こちらをご覧なさい。これがまれびとの証拠。『がくせいしょ』です。この青年はチキュウジンです」
「ああ、それ俺の財布の」
洋次は無免許男子だ。だから、登山中の身元証明として保険所と一緒に学生証を財布に常時携帯している。学生証は写真が添付されているから、割引でも有利だし。つまり気絶して真っ裸に剥かれた際に、財布と一緒に学生証も抜かれていたんだろう。その学生証を提示するってことは、メアリーは、それなりに地球の知識があるんですか?
おおおおおおおおおおおお。
なんとなんとなんとなんと。
興奮なのかびっくりなのか不明。でも、攻撃的な町人の意識が途切れた感がある。生存確率上昇かな。
「いたばし・ようじ。〝いち・ろく・〟」
んんん? そこは十六歳なんだけど。メアリーが洋次の学生証を町人に開示。まるでお宝か秘蔵品を見せびらかしている小学生気分なんだけど。
「噂に聞いた、本人激似の描写があるぞ」「本人にソックリだ、まるで黒魔術師のギルド証じゃないか?」「まさか、これ全部読んだら、異世界の魔獣でも召喚しちゃうんじゃね?」
異世界人に多大な期待と誤った知識があるらしい。ゴメンよ、一般町人に簡単に縛られるような平凡な高校生なんだけどね。
「この人は領主様の臨時代行者の権限でサラージュの城で預かります」
凛として。そんな形容が相応しいほどハマったメアリーの宣誓。クラスにこんな美少女がいたら学校が理想郷になりそうな彼女だけど、刹那広場の雑音を排除する圧力を保持していた。意外ってか凄いね。いやエルフも見た目じゃないよと感動しているニンゲンが最低一人、広場にいる。
「なら、仕方ないな」「じゃあ、面倒は困るよ」「へぇこんな僻地にねぇ」
萎みかたや反応の温度差はあったけど、潮が引いたみたいに人だかりは崩れて広場は人気がどんどんと少なくなってゆく。
「もうさがした。こら」
あははっ。メアリーみたいな年近い美少女に、こらって怒られても怖くないよ。でも、どうして日常会話とインチキ会話のスイッチがオンオフするんだろう、謎だ。
メアリー、ちょっといい?
洋次は立ち止まったままだった。尚、参考までに再逃走防止策なのか、足の綱と重石は切ってくれたけど、まだ罪人さん状態。ぐるぐる巻きは継続中なのでお忘れなきよう。
「なんですかぁ」
チャララリーン。町人から拘束されても死守した小銭を掌で弄んで保持を主張する。メアリーは、小銭をどうするつもりなのかと眉が弯曲した。けれど、大人数のオジさんたちを説得した彼女だ。洋次の視線の終末点が意味するところを納得してくれた。
「鳥の売り上げを? そうですね。これは預かります」
あ、役得。もうお得。
洋次の掌から小銭を受け取るべくメアリーが最接近。大胆にもお互いの産毛が触れ合ってしまいそうなくらいなんだ。衣擦れってか気持ち衣服の端とハジも接触。
もちろん、そんな刹那のハッピー妄想タイムは現実に敗北する。メアリーは洋次の掌から硬貨を受け取ると、踵を返した。
「これ」
「……」
お金のやり取りは、どうもニホンジンは下手なんだよな。命が助かった安堵と加算。ぼおっと天空を俯いてメアリーと食物屋親子の交渉の始終から意識を逸らした。
「さ、いこ」
最高じゃないよな。でも、〝さがした〟とメアリーはハッキリと言ってくれた。理由はあるけど、逃げた洋次を探してくれたって正直嬉しい。メアリーの目的を忘れて洋次は結構気分がいい……。
「ああ、戻ろう」
メアリーの表情が緩んでいる気がする。白い肌に花盛りの薔薇みたいな唇がゆっくり弧を描くって、本当最高だ。
二重に黒衣の少女と縄でぐるぐる巻きの青年。絵的にはどうよって疑問符も付属するけど、足取りは軽く移動する。