69 それが本当の
「まず、このお茶。緑茶で口を漱いでください。緑茶には殺菌作用があります」
「ほぅ。代官として緑茶を口にした経験がありますが、初耳です」
「ま、日本茶とオルキアの緑茶の成分が類似していると願います。それよりも」
「それより?」
「医療用のアルコールが欲しいなぁと」
「アルコール? 酒の別名ではない、アルコールですか?」
「そうなんですよ」
足りないものがあるから治療しないは理由にならない。ないものはない。でも前進する、それが本当の医療なんだ。
「でも、まさかこんなに簡単な」
「洋次、お見事です!」
パチパチ。涙を拭う白手もあれば拍手の白手もある。
「洋次〝サマ〟は何人もの中央から派遣させた代官でも成し得なかった治療を実施させました。コンラッド卿、違いましょうか?」
「メアリー? なじぇベタ褒めなの?」
「これは偉業ですし、コンラッド卿も安堵させたのでは?」
「おお、報酬についてはご安心ください」
それがベタ褒めの理由か。
「御令嬢の方々の御前ですから詳しい金額は」
コンラッドを再び場外に誘うメアリー。
「承知しました」
「……ま、いいか。細かい金銭問題は家令補佐に任せりゃいいさ」
やれやれ一仕事終了と安堵する洋次。
「ミーナーちゃぁぁぁんっ」
「母様」
どっちが娘で母親かって構図だ。多少抜歯の痛みが残っているミーナーはカミーラに促されて着席していた。もちろん椅子だって非金属製だ。
「よかったぁぁぁ」
「重いです母様」
ダーダー涙で娘と頬ずりしているプラム夫人。
「ま、娘から流血させたって掌返して怒鳴るよりマシ、か」
「ねーねーー。そろそろ結婚式だってーー」
「お。アン、美味しそうな匂いだな」
「おいしそうじゃなくて、おいしいよーー」
俗名姉さんかぶり。布地を頭に巻いたアンが抜歯作戦の参加者を労う。
「じゃあ。打ち合わせに従って参列しますか」
これだけネタにされたサラージュ唯一の医師、トマの娘さんのアンリとの初お披露目は花嫁衣裳になる。
結婚式の会場に移動の途上。またしても豪奢な馬車が洋次に接近した。
「ええっと?」
馬車の窓が開いたのと同時にコンラッドが耳打ちする。
「洋次、こちらはハリス領の御令嬢で」
「ハリス・ペンティンスカです」
「止めて」
馬車はスムーズに停車する。
「令嬢」
ハリスの令嬢はコンラッドのガイドで下車。
「宜しく稀人殿」
「お人形?」
まるでドラマかアニメのお姫様のようにチョコンと膝を落とした挨拶をする令嬢。今更だけど、今回ミーナーをお茶会に誘った書類上の首謀者はこのハリス嬢になる。作戦参謀は洋次でも。
「あ、治療に気取られて挨拶が遅れました。それに作戦の秘匿上事前に事情説明やお詫びも入れられなくて」
「構いませんわ。それからペネとお呼びくださいませ」
フフフ。そんな裏の声が聞こえそうな可愛いお姫様だ。年齢は、あれ、教えてもらっていない。
「それにペネ様の御名前を拝借しました。もし失敗したらどれだけ迷惑だったか」
「どちらも構いません、そう申しました。そうそう、ペネですよ」
だって以下略だ。
「タッカーのお役に立てるなら幾らでも」
「ああ、なるほど」
ハリスのお嬢様、ペンティスカ、ペネはふわふわと舞い踊るように素早くコンラッドの腕に絡まった。つまり、この二人そんな関係なんだ。
「では、今回の結末としてミーナー様を誘った結婚式に出席致しましょう」
「はい、タッカー」
「あ、あの公式の場ではコンラッドと」
「嫌ですわ。タッカーはタッカーです」
「……」
やってらんねぇ。
こうして、貴族や上級公務員ではない、ハリスの町の顔役の子息とサラージュの町医者の娘に領主の娘が参列して祝辞を述べる異例の結婚式は滞りなく終了した。




