67 二回失敗したら
「あら。稀人、新しいお茶は次期サラージュ伯の着座の後に」
「其の様に。では〝繋ぎ〟としてこちらを」
洋次はお盆をミーナーの前に置く。最後の最後に治療スタッフじゃないコンラッドが退場する。
「代官、どちらに?」
「もうお気ずきでしょう。ミーナー様。その頬の腫れの原因を調べたいのです」
「まさか」
勢い激しくミーナーは立ち上がる。まだ石板サークルから完全に離脱していないコンラッドが両手を後ろに回して後頭部をカバーしながら全力疾走中だ。
「どんだけ怖いんだ。電撃にゃガードなんか効果無いぞ」
「其方!」
お嬢様って白手こと白い手袋は必須アイテムなんかね。
「さすが令嬢。槍みたいに突き出される白手も結構サマになってますね」
「知らぬ! 帰る。ダニア、ダニア!」
ミーナーに随行したカーバラの老女中頭の名前だ。もちろん、こちらのメイドさんにも治療が主目的っだとは言い含めている。
「ダニア女中頭は涙を飲んでこの企みに参加してくれました」
話し、盛ってます。
「さて、失礼します」
「させぬ」
ズドン。
「うわっ白い」
洋次は高校で山岳部の所属だった。先輩やOBから登山中に落雷の被害や近場に避雷した体験談を耳にしたことがある。その中でセカイが真っ白になったと証言した先輩がいた。
「ホント、ニアゼロ距離の落雷って白以外の色が存在しなくなるんだ」
「其方」
「はい、ご覧のように平然と直立してます」
「うぬっ」
最初は直下型。二撃目はビーム型と表現しましょうか。
「体力魔力の消耗ですから、治療しませんか?」
「笑止! もう一度!」
「ではお気の済むまで」
「くっ! 何故じゃ? なぜ、ま。まさか!」
「はい、そのまさかをいつも通りにしてます。俺、稀人、地球人だからさ」
ついつい庶民の地を晒してしまう。
「ぬん!」
「だから二回失敗したら、その作戦は構築失敗だって」
「どうして?」
剣と魔法の世界では、魔術を防ぐに手法は正面対応だけなんだろうか。
詠唱をさせないとか、防御力を高めるとか反呪文とか。
火水風などの自然五行とは少し所属が違うライジン。地球式には電撃や落雷は避雷針って便利な回避道具があるのに。
「妾のライジンが吸い込まれて」
「そうです。それに周囲を石版で囲ったから流れ弾の心配も少ない」
テーブルや食器類を非金属に限定したのも、避雷針に全て電力を吸収させるため。そのためにスプーンを使わない緑茶を選んでいる。緑茶イコール稀人の印象もあるようだし。
「い、いやじゃ」
「あーー。ホントに妾と〝じゃ〟言葉なんだーー」
「痛いのはイヤ!」
「だから涙目でビリビリしないでくださいよ」
「痛いのはイヤーー!」
「痛いのは最初だけです」
そりゃ違うだろ。
「イヤったらイヤー」
当たり前だけど、雷撃、オルキア式にはライジンだって体力か魔力の限界がある。避雷針があってもヤバめだから洋次もサークル外に退避。洋次退場を合図にミーナーをぐるりと囲んだ石版包囲網を徐々に狭めて圧迫。
「痛いの、イヤ」
もうライジンを発射できなくなったと判断して洋次はおずおずと接近する。
「できるだけ痛くないように勉めますから」
抵抗数分。雷撃は何発放射されたことだろう。ついにミーナー陥落。
チキュウの芝生に似た下草の絨毯に腰を落として半泣きであります。可愛くもあるし可哀想なんだけど、治療するのが一番の選択だから。
「ぅぅぅ」
「失礼します」
落城したミーナーの診察は素人でも簡単な親知らずの虫歯だった。
この治療専用に細工師のホーロ作成の木製ペンチで抜歯。
「これだけ、ですか?」
「あれ? もう痛くない?」
擬音のケロリもここまで反転すると出番をしくじりそうだ。




