65 プラム夫人
「あれ、ミーナー様の馬車かしら?」
「はいあれはカーバラの領主、カンコー家の紋章。間違い御座いません」
「メアリー目もいいんだね。そりゃ確かに結構豪華な装飾のってか時間早いし」
腕をぐるぐる回して巻けの合図をコダチたちに送る。
「ええっとカミーラも予定の席に」
一瞬はお茶会の席。石板の中央のミーナーを誘う必要があるのだ。
「洋次、慌ただしさに紛れて姫様に触れるのは厳禁です」
「では小官は場外に、やや?」
いわゆる遠くを覗く手振り。コンラッドがオデコ下眉あたりにチョップ。手を当てる。
「彼のご婦人はミーナー様の御母堂、プラム夫人です」
「え? お母さん?」
母親同伴は計算外だ。石板絶縁作戦そのものが水泡に帰する可能性もある。
「コンラッド」
馬車の窓がゆっーーーーくり開いて一言。
「御婦人」
片足を跪いて拝礼する代官。以下貴族社会の儀礼省略。
「こちらが娘の治療を?」
カミーラとの社交辞令も終了してやっと下車。洋次にお声がけするお母さん、プラム夫人。
「オルキアの稀人、洋次です」
「このお方が」
洋次はなによりプラムの服装に驚いて、そしてかなりガッカリしていた。確かに三十代。待てマテまて。二十代でも信用してしまうくらいプラム夫人は若々しいし、ナイスバディな美人だ。そりゃメアリーには負けるけど。
「ライジン族と伺いましたが、実は私は疎くて」
ライジン。つまり日本の虎のパンツコスチュームな雷様を連想していた。縞模様のビキニ姿が青少年には刺激が程よく強い絵柄を期待していた。でも普通の中世風の貴族のドレス姿だった。
「目の前の私がライジンです」
とはプラム夫人。
「は?」
マズい。洋次のエッチな視線と落胆を察知したのか、プラム夫人は穴が開くどころか貫通しそうなくらい凝視している。
「え、ええ?」
ぎゅぎゅぎゅぎゅーーー。
プラム夫人は洋次の手を固く握った。稀人加算に貴婦人御用達の白手袋越しを勘案しても、貴族の御婦人としては大胆だ。香水の領域を侵犯してしまう強烈な香水ではない。
「え、え、えーー」
仄かに漂うよい匂いに、どうリアションするべきか迷わせられている。
「お頼み致しますぅ」
「あ、可愛い」
見た目や社会的な地位とのギャップ。プラム夫人はウルウルで洋次に接近する。
「ミーちゃんはお医者様に観てもらおうとしなくてぇ」
「お母さん、ですよねお姉さんでも、まして妹さんでもなく」
「ま」
赤ら顔。と言っても飲酒じゃなくて、ここは素直に照れているらしい。
「お口同様腕も達者なら。いえいえ!」
「そろそろ準備もあるので手を」
「大丈夫ですよね? ミーちゃん治りましてね? もう激しい抵抗などありえませんよね?」
「あのそんな涙目で詰問されても」
「お頼み申しますよ。稀人様」
「はぁ。でもコンラッドからの事前情報だけなので。あの、実は抜歯許可はコンラッドから頂いておりますけど」
未成年、しかも貴族の夫人が立ち会うと、マジ面倒くさい。
「これ以上〝アレ〟が収まるなら多少の呪文や流血も許可します」
「流血は」
微量なら抜歯で出血がある。
「必要最低限はあるかなぁ」
「ささカーバラ夫人、こちらに」
母親が診療──実際洋次は医師ではないから診察じゃないんだけど──と偵察に赴いていると知ったら、ミーナーが作戦を見抜く可能性大だ。
「メアリーナイスフォロー」
騒がしい前座(母親)ご登場の後、治療患者が登場する。
一応、ユア ハイネスが正しい敬称です。
間違いではありません。




