63 上みりゃキリなし。下みりゃキリなし。
「へぇ結構いい馬車があるじゃないか」
「ほんとだーーー」
金箔や金板を張り巡らした豪奢な馬車ではない。それでも客室の外装は見事な木工細工だし、内装も凝ってる。
「へぇ床は羅紗張りで、壁面は丁寧に刺繍されて。これ絹だな」
「洋次」
「うわっすごいーー」
「そっかーーワルキュラは伯爵家だもんなーー」
「洋次」
「あーーメアリーかぜーー? ちゃんと暖かくしないとだめだよーー」
「で・す・か・ら・!」
見慣れない──と言って実はヴァンの愛車も、これ以上のゴテゴテだっけど──馬車にハイテンションな洋次とアン。食べ物屋のニコの娘さんで御年六歳。日本なら幼稚園か小学校に通う年頃なんだけど、働いているエラい子だ。
「そろそろ宜しいですか。準備は万端ですし、令嬢がずっとお待ちです」
「「はーーい」」
洋次とアンは客室に入ろうとする。もちろん、中世風の道路事情では車内が激しく揺れたりして、濃厚なスキンシップもあるとかないとか。
「稀人ですけど、こちらの客室は男子禁制です」
メアリーに襟首を掴まれ御者台でスタンばってるコンラッドの真横に移動。一方アンは、ちゃっかり座席に陣取っている。とっくに客室の真ん中に腰掛けているカミーラに密着する上機嫌なアン。
「うううぅ俺稀人なのに」
カミーラ、アン、最後にメアリーが乗車して冷酷に客室の扉は閉ざされた。
「宜しいですか、それでは」
洋次への斟酌も場を整える咳払いも省略してコンラッドは胸ポケットから書状を提出。
「偉大なるオルキア大王陛下、ならびに主任長官猊下」
猊下。陛下とほぼ同義語で相手への尊称ですな。
「さらに州長官よりオリクの代官の権限を委託されしコンラッド・タッカーが許可いたします。本日限定でワルキュラ家の乗車馬車とその周辺を仮のサラージュ領として認定する」
つまりコンラッドの特例措置のお陰で、この馬車内とその近くなら、洋次は『サラージュから出ていない』ことになる。
「では、トマ医師の令嬢の結婚式を実施する」
「ハリス領です。代官閣下」
「おや、素早いフォロー感謝致しますぞ、女中頭」
覗き窓からの応対。
「いざ、ハリスの町へ」
「あ、領地も町名も揃ってるんだ」
「まれびとーー。アン、ハリスはひさびさだよーー」
賑やかしくワルキュラ家の正装馬車が旅立つ。
「じゃあ行きますか」
あ。色々と、装飾馬車に積めない道具を満載した荷馬車隊が後に続く。総勢で三台でも荷馬車隊は荷馬車隊である。
「ほら、頑張れよ」
先頭の荷馬車の御者は、鍛冶屋の息子、コダチである。
「姫さまと〝同じ馬車かぁ〟。稀人って羨ましいぞっと」
上みりゃキリなし。下みりゃキリなし。
「それで、洋次。どうなりますか?」
「姫、お行儀が悪いです」
ウマを運転制御する人を御者と呼ぶ。御者が座る台だから御者台。
緊急停止──ほとんどは〝お花摘み〟とかあまり格好よくない事情が多い──や打ち合わせ、速度の加減などを求めるから、覗き窓や小窓は欠かせない。
「確認の上確認しましたでしょう」
「メアリー怒らないでよ。私がカミーラに頼んでトマ先生の」
ライジン族のお姫様を釣る甘い罠の主役の名前を忘れていた。
「アンリ嬢です」
「うん、彼女の結婚式の祝辞とその後のお茶会にミーナー嬢をご招待」
「はい。ミーナー様は招待を快諾されました」
カミーラが放つワクワクの花吹雪が小窓から漏れている。
「婚姻先の了承と打ち合わせも済んでます。まぁまずは私の稀人にお任せ」
「大丈夫なのですか。洋次は魔法は」
容赦のないメアリーの追求。
「そう。呪文詠唱どころか魔法の才能の欠片もないらしいね」
「水系はともかく、火系の片鱗もない人は珍しいです」
メアリーが白魚より白く真っ直ぐな指をオデコに当てる。ヤレヤレってことだ。
「火付けが不要になるから初級のファイアくらいはいずれ覚えるから」
「ライジンは雷魔法。火属性や風、水属性などと違って反魔法が無意味です。それでも」
「そこなんですよ。我々が苦心してのは。ミーナー様の影響なのか、カーバラ領の代官は二年で五人移動辞職や更迭されております」
「そりゃ難敵だね。だけどさ」
「心配です」
「まぁ魔術師でも通じそうなメアリーと私の魔力を照らし合せるなら、そうでしょね」
魔法には魔法。または反魔法。
剣と魔法の世界では、それが当たり前の思考だろう。だけど、正攻法で陥落できないなら、奇策。それがチキュウ流、稀人流だ。
「地球じゃ本作戦が正攻法なんだけどねぇ」
客室に比べれば乗り心地の優先順位が低い御者台はヒドく揺れる。物語で取り残されていた荷馬車も揺れる。




