60 稀人の奇跡
「目の前の、このウマじゃないんですよね? どんな状態なんですか、その患畜」
「それが、その小官が家令代理を勤める某貴族のお嬢様なのです」
「ああ、コンラッドさんは代官ですからねぇ」
正直、代官は生返事。
「小官が担当する貴族のお嬢様は、それはそれは医者嫌いでして」
「はぁ。好きな人は稀でしょう。で?」
いくつかのパターンを想定想像したけど、依頼人に流れを任せる。
「稀人のお知恵を拝借したいと」
「あのですねぇ。お知恵ってどんだけお、私を過大評価しているんです? 『モンスターの歯医者さん』なんですよ」」
「それならばご安心ください」
「え? 令嬢がモンスターなんですか?」
「貴方はサラージュに登録の稀人、でしたね。吸血族のワルキュラ家の支配」
「まだ正式ではないですけど」
「実は」
「ええっと?」
まるで──なぁ洋次レア物の十八禁の○△ゲットだぜ──と辺りを伺いながらのお代官様。
「ライジン族でして」
「ライジン? もしかして雷ビリビリの?」
洋次の脳内イメージは、虎のパンツの、あのキャラだ。
「ビリビリではなく、真実あのお方がご立腹されて放つライジンで瀕死の重傷者が続出しておりまして」
少しだけ正解。ほぼハズレ。
「あーー。でもご主人様の娘さんをモンスター扱いはどうなんです。私も貴族社会とか無知ですけど」
「稀人様。貴方はミーナー様のライジンをご存知ないから、冷静になれるのです。あのライジンダメージは、モンスターのそれを上回っています」
「ライジンねぇ。瑣末なんだけど、ライジンってそのミーナーさんが魔法みたいなヤツのことですよね」
「はい。もちろんです。小官も地面に臥してしまうほど強烈なライジンです」
「ああ。どうやら地球の雷撃をライジンと呼ぶのか。そりゃ面倒な患者さんですね」
アニメだと煙がブスブスして倒れた被害者も三秒ルール適用。次のシーンでは平気に喋っているけど、現実ではその幸運設定を期待しすぎてはいけない。
「はい、とてもとても。小官はミーナー様の領地。カーバラ領に赴任したばかりで、着任早々辞任するわけに参らないので」
「なるほど」
若干上から目線な感情の暴露をしているのは、コンラッドが昔からずっと仕えている家臣じゃないから。派遣役員さんだったんだね。
「それで、肝心の治療して欲しい箇所は? 場所や状況によっては私の範囲外ですけど」
「はい。ああ、これこそが稀人の奇跡です」
左の掌で目隠ししながらの右手は天空に突き上げている。どんな意味がるかは不明だけど、唯々面倒くさいだけだから、要らぬ修辞より、早よ問題点を言え。
「頬が腫れているのです。恐らく、歯が悪いのでは、と」
「歯」
やっと本業復帰。




