57 旨すぎるロウソクの吹き消し方って?
「ふっ。じゃあさ、稀人の依頼品ってのはどんなだい。私が惚れ込む品だといいねぇ」
振り出しに戻る。でもこの振り出しは、正当に勝負をすると双方が合意した戦闘開始の合図だ。
「持参した黄楊の枝なんですけど」
厳密にはセイヨウツゲに近い樹木の枝。
「まぁ細工師の御用達材だね。これで?」
「義歯、あるいは義歯床を作成してもらいます」
「これ、で?」
ホーロは長さ二十センチほどのツゲの棒の両端を握った。
「チキュウでもツゲの使用域は地域で温度差があるようだけど、日本。つまりバナト大陸の一部がオルキアなのと同じで地球の一部が日本です」
「そ。続けて」
「それで、日本では黄楊で入れ歯を作成していました。正確には義歯床ですけど」
「その辺の説明は省いていいよ。で、ツゲを細工して歯がない年寄りのフォローをする。手始めにイグの歯をなんとかする?」
「その通りです。念のため私はモンスターの限定の歯医者さんです。ニンゲンやヒューマノイドは診れないんです」
「限定って、私は王都にいたけどさぁ『歯医者』の看板も噂も知らないよ」
「あーーー地球とその点も同じだったらの推理ですけど」
アメリカ初代大統領のJ・ワシントンの肖像画が渋面な理由とされているのが、当時の未熟な義歯。入れ歯が不適合だったからだとする説が有力だ。この義歯は、見栄えだけで実用性はトンでもなく低かっただろうと言われている。
でも発掘調査で現代に現れた日本の黄楊材の義歯の多くは摩耗の形跡がある。実用的だったのだ。
「歯医者は未熟だったので看板なんて出してなんじゃないか、と」
「そう。で、ツゲを削って細工して、ちゃんと入れ歯になるのかい? 硬い木だけど大丈夫なん?」
「黄楊の入れ歯、義歯床は実績のある素材です。現代では人口樹脂や金属製の義歯床に押されて現場から退場しましたけど」
「オルキアには〝プラス、ちい、く?〟はないからねぇ」
ふふんと鼻を鳴らされたなんてどうでもイイ。
「ホーロさん、プラスチックご存知なんですか?」
「おや私に迫るなんて、あんた女性の守備範囲広いねぇ」
「ホーロさん」
「冗談の場面じゃないです」
「はいはいはい」
また腕組みで洋次の肉薄をブロックする。
「だからさ。私が王都で修行したって忘れた? 稀人はあんただけじゃないからさ、半端だけど技術的な遺産があるのさ。その一つにプラ?」
「製造されているんですか? 工業的に」
「いやーー。されて、ないんじゃないか。だって親方と師匠がさ」
親方は社長。師匠は工場長か現場主任か。
「プラなんとかが成功したらお手上げだったって。〝だった〟だよ、だった」
「過去形、ですか」
「洋次、あの約束をお忘れになっては」
メアリーが目を細めて袖を引いていた。そして洋次に敬語を使う。
「あの〝王都〟に。よそに行ってはダメだと」
「そうだよね、カミーラとの約束があるからそれはナシ」
「へぇ稀人は出入り移動自由じゃないの?」
「それは、その色々ありまして。で、ホーロが義歯床制作で『モンスターの歯医者さん』の仲間に加わって貰えればイグは助かりますし、サラージュも助かります」
「私が仕事だけじゃなくて?」
「はい。正直腕の良い細工師のホーロさんにもお仕事が」
「ホーロでいいよ、どんな時でもさ」
「ウインクつきの許可を感謝します。話しを進行させるとモンスターだけじゃなくて歯医者そのものが新規事業と断言できるほどです」
「ま、ぶっちゃけ私は寿命の動物やモンスター生かしてどうよって疑問だよ」
「それでも、お願いします。モンスターも飼い主も幸せなサラージュにしたいんです」
「私の『歯』も診てくれるのかい?」
「正直それは領域の侵犯ですから、トマ先生と念入りに打ち合わせをして、う!」
ハンマーかバットの強打。巨体と一緒に本当に細工師かと疑うほどの痛烈なツッコミ平手が洋次の背中を襲った。
「なんてマジな稀人なんだい。その様子だと、まだお城の内部は全然知らないね」
「そ、そりゃ、ごほっ、城門そばの塔を間借りしていて」
「だ・か・ら・」
一言一叩き。
「マジだねぇ。じゃあ今度王都の細工師が直々に〝旨すぎるロウソクの吹き消し方〟を格安で伝授したるけんね」
「何語ですか、それ」
洋次とホーロの会話に取り残されていたメアリーが顔面を真っ赤にしていたのを洋次は見逃していた。
「それでは私は細工師の案内と仲介が仕事ですから。これで失礼致します」
プンプンお怒りの湯気を噴射しながらホーロ宅──休業ガラガラだけど工房兼住宅だったと後日知る──から先に帰城するメアリー。
「メアリーってば、どうして怒ってんだ?」
「はいはいはい。じゃあ真面目な稀人さん、具体的な注文を教えてよ」
「ああ」
メアリーは気になるけど、今はホーロとの打ち合わせが最重要だ。




