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56 スタッフになって欲しいんです


「あの、要点を言います」

「へぇ。どうぞ、稀人様」

 慇懃無礼って言葉がある。一つも二つも昔の時代ならホメ殺しとか。このホーロって職人、真面目なメアリーと頼りないオーラ放出の洋次を挑発しているんだ。


「貴女が本当の職人か確認したいんです」

「へぇどうして」

 また肩口のズレを整えながら口元を波打たせるホーロ。


「お、私は稀人です。稀人として業務をするから地元の家業事業とダブり、競合したくないですから、ホーロさんの腕次第では」

「洋次」

「まぁ仕事とか技量は仕方ないしね。競争で負けるのはそりゃ腕が悪いからだし。だからホーロさんの腕が確かならと確認をしたいんです」

 ムッとしていたんだろう。挑発に挑発で応じていた。サラージュの管理人の代行でもあるメアリーが歓迎できないやり取りなのは言うまでもない。


「あのねぇ勝気なメアリーの尻に敷かっぱなしっぽい稀人さん」

「本当に尻に敷いてくれ」

 背面から肝臓打ちは、ノックアウト必至の強打だ。


「私が寝酒をかこってたりしているのはさぁ」

「さ、サラー、じ、ジュの仕事が来ないから寝ている、で、ですか。だからヒマなんですよ」

 ピンポイントに背面肝臓打ちが命中すると、喋るどころかそりゃマジ立てないです。念のため。


「じゃあご注文の品物は何? 普通の小物入れとかじゃ確認できないよな」

「地球では大勢の人の魂を癒す仏像とか御神体があります。当然製作には一流の技術を必要としています」

「ぶつ? それを作れって? それどんなカミサマ?」

「いえ、信仰そのものまで押し付けるなんて無礼はしません。その仏像製作者、仏師と呼びますけど一人前でなければ到達しない品物で?」

「待った」

 ボディランゲージが違うのだろうか。腕組みしながら身体を左右に振るホーロ。


「注文がないのも理由だけどさ」

 掌底を下顎に当てるホーロ。どんな意味ランゲージなんだろう。


「工房勤めに疲れたんよ。特にみっともないくらい低次元なんだ。仕事を獲得するための工作とか、さ」

「ホーロさん、それ」

 初対面の時と違ってマジ顔だ。腕だけじゃ仕事が貰えないって話しだ。


「ま、私は下っ端で、そんなことより美貌の弟子だったからね」

 もしかしたらセクシーポーズをとっているんだろうか。後頭部に腕を回して腰を捻っている。体格の良いホーロのポーズは謎な格闘技の新技かと疑っていた。


「ホーロさん、稀人の面前ですよ」

「いや、メアリー。いいから、でも今回の仕事は、これから発注したい仕事は高度な技量を存分に活用して、それでいて命の綱なんです」

「命? そんなことあるん?」

「ホーロさん、肩が出てますよ」

「ええ、命です」

 例え細工用の道具、のみやノコギリを喉元に突きつけられたって退かない。それが洋次の使命になるはずなんだ。


「『ニコ』の娘さんのアンがオオトカゲと仲良しなのは」

「そこそこ知ってるよ。でもね、王都じゃウマどころかサラージュの塔と同じくらいのトカゲ、竜がいるよ。それと私の腕の関係は?」

「初耳です。ですけど今大事なのはアンのトモダチのイグ。高齢が理由だと推測していますけど、もう歯がないんです」

「は? はってこの〝歯〟?」

「ホーロさん、はしたないです」

 ホーロは、自分の口を開いて歯列を指さした。


「歯がなきゃ死ぬだけじゃん。じゃあイグ、死ぬんだ。もう死んだ? 死んだからカミサマにまつるのかい?」

「それは、野生ではそれは当たり前なんでしょうね」

 過酷な時間の経過と併せて歯を失うことが動物の死に繋がる条件くらい地球と異世界で差別化して欲しいと願うのは甘いんだろうか。


「私はイグを死なせないため奮闘しています。正直時間が欲しいけどテストタイプでも実験投入する条件は辛いですけど」

「じゃあさ、殺せば。動物なんて歯がなくなりゃ動けないんだから潰して干し肉にするのが一番損害が少ないよ」

「そうですね。でも、メアリーや町の人に確認したんですけどオルキアでも歯の問題は抜く以外の選択肢が、ほとんどないようですよね」

「そんなに歯が大切かねぇ」

 やはりそう来たか。

「でも歯が健康ならもっと楽しい生活になります。食べるだけじゃないです。歯は、お友達とのお喋りなどにも影響します」

「なるほどね。まあね。私の親方師匠だった人の息も臭くて仕方なかったけど、そんなことも歯医者は治せるの?」

洋次わたしは人間の医者ではないので単独では治せないけど、歯医者の領域、ではあります。私はモンスターの歯限定ですけど」

「そっか。息が臭いのはたまらんよなぁ」

「まさか」

 いつもなら芸術的な直線の眉がゆがんでいるメアリー。


「その親方の許を辞したのはそれが原因ですか? せっかく王都で修行の機会があったのに?」

「一番の理由じゃなかったけど、背中を押した不快なネタだったね」

「歯医者の基本はぶっちゃければ虫歯を発見して削って埋める。です。だから十六歳の私でも可能な簡便な技術です」

「へぇそうなんだ。医者ってもっとエラいと思ったけど」

「あ、あ、あのですね」

 稀人の価値の暴落は避けたいらしいメアリーを今回は置き去りにする。


「医者は人の病気につけこむ仕事。神官は人の迷いにつけこむ仕事。不動産屋は家を探したい人につけこんで、教師は未熟者を未熟だから知識を高圧的に細切れ売りする仕事。冷静に考えればほとんど勲章されるものではないです。お腹がすいた人に食材と提供する食べ物屋と次元は変わらない」


「それは細工師も同じかな?」


「失礼を承知で、同じだと答えます。でも医者は命を握っているから確実な知識と技術と経験が必要。でも意外と料理の腕も修行とか一流の料理人も医者と変わらない。チキュウではヘタな医者より料理人シェフが尊敬される。その平等性は自慢できます」

「んじゃあさ、私はどうするのさ」

「貴女もモンスターの歯医者さんの仲間スタッフになって欲しいんです。外部スタッフや一時的な仲間でもジュウニブンです」

「ジュウニブン? スタッフ?」

「そうです。医者は結局薬品とか諸道具を自作していません。ホーロさんに頼みたい道具だけじゃない。ランスに作成してもらう別の道具は、トマ医師とドノヴァン薬師も協力してくれます。これからもっとたくさんの協力をしてもらう予定です」

「へぇ」

「もしも本当に医師がエラいと仮定するならば」

「「ならば?」」


 一歩前進した感覚がある。

「大勢のスタッフと一緒に仕事をするに値する仕事と人物だからだと」

「あんたが?」

「い、いや」

 発言してから赤面するなパート2。



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