55 要件があれば鳴らせ ただし 美男子に限る
サラージュの町の中心地からは遠い、民家を徒歩で訪れる二名。
ひとりは姿格好は地元住人その一の洋次。もう一人は黒い全身マントのメアリー。
「一応仕事での外出なんだからさ、もっと気軽ってゆーーか」
「業務だからメイド服で訪問なんて慎まなければなりません。あちらの住宅ですよ」
すっと白い手が伸びた先の平屋。
「うわ、ボロっ」
「相変わらず手入れもしてないですね。日に日に劣化しています」
洋次はメアリーに黄楊が欲しいと意気込んでいた。厳密には『黄楊』と微妙に似ているけど異なる『西洋ツゲ』ならば、どんな村でも入手可能。むしろ都市よりも村の方がゲットしやすい特別なアイテムじゃなかった。メアリーが驚いたのは、それが理由だった。
「この住人が?」
問題があるとしたら、黄楊。西洋ツゲの細工師個人。明治になってセイヨウイガクにかぶれるまで日本では入れ歯は仏師。職人が製作していた。
「王都で修行をしていた職人なんですけど、その」
「人嫌いとか?」
ランスやニコタイプじゃなくて、コダチみたいな人当たりを希望します。
「お会いするのが一番かと」
「会えればね」
原型は外扉だったらしい木枠を押し通る。
『要件があれば鳴らせ ただし 美男子に限る』
外扉から玄関まで十メートルほど。下草に覆わててかろうじて判読できる看板が、ある意味住人の名刺代わりだろう。看板の隣にも木枠。平屋からケーブルみたいに延長された紐が木枠に巻きついている。
「この紐は滑車に巻き付いてて」
職人の住人の連絡になるらしい。扉にノッカーでよくね?
「長い呼び鈴だね」
メアリーからの同意や返事がないけど紐を引く。奥、平屋からカラカラと乾いた音がしている。
「んだぁメアリー。今日は奉仕の日じゃないだろーー」
一応屋内外を仕切る板が動いた。
「ホーロさん」
「ホーロ? この声、女性?」
細工師らしくて、この管理放棄された平屋の住人は素直に呼び鈴、どっちかって鳴子がぴったりの音響道具に反応した。
「うぅおっす」
「デカ」
管理不行届きな平屋の住人、ホーロは巨体の女性だった。推定身長百八十後半。身長に比例して体重その他が拡大している様子だ。
「なんだよ、見慣れない小男だな」
「貴女が大きいんです。ホーロさん」
洋次には日常的に見下される身長差になるけど、管理手入れと隠蔽性に欠けるホーロ女史の身体が何箇所も露出していた。特に、そこそこ大きいけど重力に従う胸の裾野がはっきりと。
「ああ、日差しがまぶし」
胸などを隠すよりも、身体をボリボリ掻くホーロ、その勢いなのか脂肪の塊もポロリ。これでコントローラーを握っていたら巨乳の引きこもり。ニートがネトゲ中毒女子だ。
「ななななな」
ホーロって人物登場。印象は一言でデカい異世界ニートで、しかもオンナ。種族は、ヒューマンだろうか。
「いいい、いけま、いけ」
ラップではない。メアリーのキャパを超過した驚嘆事項と八重歯のカミカミの相乗効果だ。
「洋次、回れ」
「犬じゃないし」
「回れ!」
「おおおーーーーー」
回らなかったから、トバされました。推定ランク二の風属性魔法で。
「で、この傷だらけの男はダレ?」
メアリーとホーロの意見が一致したので、庭先に小机を運んでの一席。添加物その他一切含有していない、つまり水を注いだコップを三個並べながら質問されました。
「この方は姫様の客人で稀人です。洋次と言います」
「へぇなんだ。てっきり結婚の挨拶と」
ラフすぎる格好に慣れ親しんでメアリーのマントは着心地が悪いのか、何度も肩口のズレを整えながらホーロはしゃべっている。要らないなら、洋次にくれをガマンしている人物がいるけどね。
「ありえません!」
ロケットやスペースシャトルにも負けない勢いで全力否定。プチ傷つきます。
「はいはい。もしそうなら引っぱたいて蹴り上げて悪夢から目覚めさせてあげようとしたんだから、安心してよ」
まだお盆を片手にドン引きしているホーロ。
「しどい」
「で、この寸足らずとなんの用? 奉仕の日をサボったから税金を金納しろと?」
「払えるんですか」
ため息まじりにマジ返答するメアリー。




