52 治療器具でも薬でもありません
「しかし、おろし金よりも効果的な道具は、これまでサラージュを含めて大陸の誰も考えていませんでした」
「まぁ〝そのうち〟誰かが作ったんですけどね」
「薬研よりも効果的だ」
これまで口を開かないで、ローテンションだったドノヴァンも徐々に食いついている。
「ですが」
「どうされました、トマ先生」
ミキサーのハンドルを空転させながら。
「これは洋次の開発。その、貴方は『モンスターの歯医者』、です、な」
歯医者だけに奥歯に物が挟まったような物言いのトマ医師。
「そうですけど」
「だとすると、この〝みきさぁ〟は人間には使えないのですか?」
「え?」
トマとドノヴァン。二人共真剣な眼差しだし、酔っていないっぽい。洋次の真意が汲み取れないから、困惑しているんだ。
「ああ、稀人特典ですね。まぁミキサーが軌道に乗るまでは行使しますけど、いずれ開放したいです。そ・れ・に・」
今更確認すると、洋次は十六歳。
地球では日本では大人に命令される。でも、このオルキアでは医療関係者、在地の名士が洋次の動きに発言にビビリマックスだ。だから、少々挑発したくなっちゃう。あくまでも、少々の範囲で。
「トマさん、ウマにブラシ掛けますよね。地球では犬猫にだってブラシしますよ」
「そりゃ、毛づくろいなら」
「なら大丈夫。まさか〝ウマがブラシするなら、ワシは馬と同じブラシなんて使わない〟じゃないでしょう」
一秒、二秒。トマもドノヴァンもぽかんとしたままだ。
「だから、しばらくは〝モンスターの補助食製作器〟としてのミキサーを普及させたいんです。もちろんサラージュも豊かにしたい」
「では、私がこのみきさぁで患者を治療」
うーーん。少し背伸びして間も伸ばす。
「これは、採食の補助限定。治療器具でも薬でもありません。ランスさんのっうわっ」
「このーーよそものーーー」
赤ら顔、酒臭い、酩酊、酔っ払い、酒乱、オオトラ。ともかく酔いが回っているランスに抱擁される。
「せめて、稀人って酔いそうっす」
「まれびーーとーー? じゃあ、これつくるん、だなーー。つくるんだな?」
「はい」
ミキサーの有効性の布教は成功裏と評価したい。
だけど一番の問題点。猫の鈴。
「代金をいつ払えるか、だ」
「しはらいは、たのむぞーーー」
過酷な現実はアルコールでも蒸発できない。
「それなんで、うっ」
唇、舌先、喉元、胃。
もの凄い抵抗感を身体がアピールする異物が容赦なく侵入する。考える必要もないくらい、ランスが洋次に酒瓶の口を突っ込んだ暴挙だと断言できる。
「ひゃ「p」/ %・「れれ」。」
酔った。
「ししょう」
耳元で南テキサス大鼓笛団のフルキャストのパレードが開始されたようだ。鼓笛団の支離滅裂な雑音に混じって意外に透き通った声がする。
「お客さんの要件が終わる前に酔わせちゃダメじゃない」
「酒代はどっち持ち?」
はれぇぇぇ? だぁれぇだぁ?
「あれぇアンが二人?」
異世界でも酔った時のお約束で洋次はアンがダブッで見える。はずなんだけど、どうも大小の歪なアンがいるじゃないか。
「いやぁぁ?」
いつもより大きいアンは、髪の毛を太いおさげ髪に結んでいる。アンは、ショートヘアだ。
「俺ぇはぁ酔ってないぞぉ」
酔っ払いは、ほとんどそんな抗弁をする。
洋次のイグとサラージュを一緒に治療する崇高な計画は、本日は閉店となりました、とさ。




