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05 また走る

 下着も、大きめのタオル一本以外はまた代用の布地や隠すものもなし。登山中に背負っていたリュックサックも当然ない。

 十六年分身長体重が増加し、体毛が幾らか増量サービスを施されている以外、産まれたまんまの姿、真っ裸。禿頭スキンヘッドならぬ全身スキン。

 もしかしたら、いやぁんメアリーが脱がしたのかと楽しい妄想が入り込む余裕もなく洋次は追い詰められている環境を自覚する。


「ははは。こりゃ焼き鳥か火炙りか」


 生存確率のゲージは表示不可能。エルフが暮らすアウェイな異世界に衣服だけではなく、所持品も奪われている。さらに残酷なことに血がドバっとする支度を命じられている。


「逃げよう、逃げられるなら」


 床に丸まっていた布切れを腰に巻く。これにプラスして、掛布を肩に引っ掛ける。


「これをポンチョにすれば」


 ヘビーな異世界マンガの愛読者ではなかったけどファンタジー世界は、基本的に中世風の世界観だった記憶がある。なら、ポンチョで町中に混ざっても違和感はないはずだ。逆にジャケットに登山用のスパッツの方が場違いなよそ者アピールをご披露してしまうかもだ。


「ポンチョはいいけどさ。この部屋、本当窓がたった一つだけなんだ。凄い質素な造りだよな」


 逃走を確実にするために靴が欲しいところだ。でも、下着代わりのタオルとポンチョしか布はない。せめてリュックの中のサバイバルナイフがあれば、ポンチョの端を切って足に巻くのだけど。


「暖炉に火かき棒もないし。あれ?」


 室内を物色しながら丸太小屋の扉を押してみた。若干重量感はあったけど、開いた。予想外にあっさり扉が開いたから、ワナじゃないかと疑って数秒間動けなかったくらいだ。


「メアリーさんはご不在ですか。じゃあ逃げますから」


 左右の安全を確認すると、留め具がないから、抱きしめポーズでポンチョ生地の落下を抑えながら洋次は走った。だから、どんな場所に一時的拘留されていたのかを確認しないまま一目散に逃走してしまった。


「建物の後に」

 建物。小屋とか物置かも。


「門とか塔もあるしーー」

 何重にも城壁や堀で守られている場所なんだろうか。いや、今は血ドバッから逃げるのが先だ。跳躍力があれば飛び越せそうな低い二つ目の門を通過する。


「どんだけ広いんだーーー」


 一旦丸太小屋らしい場所から逃走した洋次は、なかなか変化しない風景に驚愕した。したけど、敷地面積や建築物のバラエティに反比例して、何一つ誰一人障害にも通せん坊もしない。


「どんな場所にいるんだよ、俺」

 山登りと違って、頂上ゴールが不確かな疾走を強いられていた。




 幸運か不幸か。


 前後不明で異世界にトバされたのは間違いなく不幸だ。でも、その直後……。ちょっとだけ幸運だったけど、代償は右アッパーでノックアウト、こちらは不幸だ。

 気を失って全裸処置。

 異世界物の定番として、いつ・どこで・だれが・どうやって衣服を剥ぎとったのかは大いなる宿題にして。


「まずまずのスタートなんだろうな」


 もし洋次が〝とんだ〟セカイが異世界なら、言葉は通じない。そして衣服の違いと、なにより外見だ。これはポンチョ着用でも隠し通せない。


 スポーツ選手でもない洋次が息切れするころに、やっと第一異世界人を発見した。この事例では、洋次が遭難しかけた谷間の持ち主であるメアリーは除外するので、ご了承ください。

 相手は、第一異世界人は、手押し台車で荷物を運搬中だった。


「……」

 お互いに徒歩で移動。〝おるきあ語〟ってのがわからないから、無闇に使わない。黙って、いつものことさっリアクションしないリアクションですれ違った。


 誰だ、こいつ。


 そんな視線のように感じた。でも、接近即警戒や臨戦ではなかったし、硬直するほど構えても用心もされなかった。


「第一関門突破ぁーー」

 でも、ここはセオリー通りに第一の異世界人から逃れても第二第三の異世界人は登場する。第一オブジェってか建築物も確認できる。要は、小規模な町中に入り込もうとしているらしい。


「よし、第一町人はパスしたんだ。平常心、平常心」


 季節柄、洋次は纏っているポンチョは正解ではないけど、不正解でもいないようで安心する。通行人たちも、使い込んで色褪せたシャツ姿が珍しくない。洋次のポンチョは中の下から下の上クラス。正直、素足裸足は滅多にないけど、町人の足は、自家製らしいサンダル履きが主流だ。つまり、角を削った板に紐を通した、靴と同類にするのは靴メーカーに失礼な足元が目立っていた。

 そんなものかな。日本だって明治の中期までは草履下駄で動いていた人が珍しくなかったらしいからね。


「じゃあ、俺は目立たない存在ですねっと」

 差し当たった危険性が薄れると、周囲を観察する余裕も生じる。


「ヒトってかニンゲン、ヒューマンが主流で」

 厳密正確な地球人と同じヒトではないかも。でも、外見はヒトだ。髪の毛は茶髪が多いけど、黒髪の洋次に対して拒否感はない模様。チラ見したら、すぐ元も作業とか仕事に戻っている。

 ニンゲン以外はどうだろう。メアリーと同じエルフ族っぽい人種。アニメやゲーム同様、ハーフエルフっぽい中間的な町人も遭遇。そして、なによりも意外な種族キャラも発見する。


「あれ、ドワーフ族に、獣耳の……?」


 この異世界は、結構な種族人種の坩堝るつぼになっているようだ。もちろん主流派は人間族だけどロープレの定番のエルフ・ドワーフが普通に会話している。それだけじゃなくて、ニホンのアニメゲーム界の住人に認知されている猫ミミやイヌ頭も時折目撃する。

 足ばかり注目していたけど、着衣もゲーム世界風なのか中世風なのか、総天然素材製品のようだ。ファスナー使用者は皆無だし足元も革靴じゃない。


「つまり、ポンチョ姿の俺は」

 そこで口を閉じた。黙っていれば、洋次はそれほどヘンじゃない存在になる。血がドバッで吸われる支度から逃れて、この異世界に埋没するのは難しくなさそうだ。


「一番理想は、元の世界にご帰還なんだけど」

 それならばメアリーとファーストコンタクトした場所が一番、地球に近いのだろうか。それとも、洋次をどうやってか異世界に招き寄せたナニかと対面して交渉するべきなんだろうか。


「メアリーが」

 血ドバッで吸う。何が何だか混乱だけの情報だけど、メアリーが洋次を異世界に誘う。いわゆる召喚したのならば、ちょっとどころかハイレベルにおバカちゃんだ。


 本当真実の目的が血ドバッでも、その瞬間までは、〝我が世界を救う勇者様。お待ちしていました〟待遇をするべきだろう。メアリーにウルウル瞳でお願いされていたら、洋次は完璧に信用して、そのまま血ぃドバっから回避できた自信はない。もっと乱暴で確実な処置としては気絶した洋次をぐるぐる巻きにすれば済むことだ。


「となると、戻っても帰れないのか?」


 少し歩いて、この付近は田舎。それほど人口密度の高い大きい町ではないと判明した。

 メインストリートらしい道は、石畳になっている。これは中世風の定番だろうけど、メンテがなっていない。敷き石が剥がれていない箇所の方が珍しい。小雨でも泥濘ぬかるみそうだ。


「いいじゃないか。予想以上に早めにサバイバルしただけさ」

 学校での、地域での、トドメは家庭での存在の否定。もしも、このエルフとかが混在するセカイで生きていけるなら、それも悪くない。

 だから、洋次は冷静に周囲を観察する。これから、暮らす可能性のある場所だから。


「人口千人前後。村か町かってとこだな」


 厳密には、言葉にしていない。オルキア語以外の使用の安全性は未確認だ。


「腹減る前に、手を打つか。でもなぁ元手がないから、狩るしかないんだけど、もっと情報欲しいな」


 メインストリートらしい道端には露店が一軒。常設の店が数件ある。時間とか風習が日本と同じとは限らないけど、列をなして買い物する気配はない。

 でも、町のメインストリートはよそ者が棒立ちしていてもギリ許容な空間のはずだ。


『ニコの店』

 看板の文字も読める。これは相当ご都合良い条件じゃないか。生存率が上がるぞと一安心。


「どうだ、今年は」

「いけないなぁ。今年も麦は太くは実らねぇな。一本だけくれ」

「はいよ。なぁおたくの坊主、もうそろそろ働かせるんか?」

「あとちょっとで十歳だしな。地元か近隣で良い奉公先があればなぁ。なぁニコは上の嬢ちゃんが」

「いや、ウチも……」


 なんと滑り出し上々な会話と行動だろう。地元民らしいおっさん二人が、会話して買い物した。

 客らしいおっさんは農夫。もう一人は店名の食物屋の主人ニコと推測。農夫のおっさんは、銅貨を二枚で串焼き一本を購入した。

 この後、銅貨三枚で串焼きをゲットした客がいたのだけど、この場合は摩耗硬貨。時代劇とかの言い方だ串焼きはビタ銭三枚の価値のようだ。


「ほほぅ。焼き鳥は銅貨二枚か」


 元の世界に帰りたくないかと質問されたら、帰りたいと答えるのが本心だ。

 でも、少々どころか長期の登山。登山を凌駕したサバイバルライルってのも悪くないんじゃないか。学校もサボりどころか、当たり前に出席する義務がなくなっているんだから。


「さっきの超美少女エルフとうふふって体験してから地球に戻れたら最高だな。そしてチキュウとこの世界を行き来したりしてさ」


 素っ裸に近い性少年の現金な勘定。いや感情。洋次はエルフ以外の異世界キャラとの対面とその危険性なんて一ミリも考えないで狭い商業地区を抜けた。


 目標地点は、逃走した場所の正反対。小高い荒れ地を一直線に小走りに移動する。

 さっきは逃走のために。今度は、栄養を補給するために走る。



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