46 俺はヒマじゃねぇ
「この奇妙な細い棒は?」
「ああ、それはハンドル。これで刃を回転させるのさ」
「刃を? でもモンスターではなく、一体ナニを刃で刻むのですか?」
「おっ。刻むとわかったか、すごいな」
「いやぁまれびとにホメられ!」
コダチが半歩バックステップした。ナニかが素通りしたのか、風切りがあった気がする。
「どうした、んだ?」
「ズレたな。じゃあ右に動きな」
不意に後方からブッとい声がして、洋次は半身ズラしながら振り返っていた。
「は、はものぉぉ」
コンマ数ミリの際どさで頬をナニかが素通りした。そして土壁に刺さる。さっきの風切りは第一投。追加の第二投目も不発だったのだ。
「だから右に動けって命令して、どして左に動く?」
「いや、右に動いてたら当たってましたよ、これドス? 短剣?」
格好としては昆虫採集の標本な洋次。
「親父」
コダチに代理を任せた父親が刃物を投げたのか。
「仕事場ではランス師匠だろ、コダチ」
「あのー今取り込み中で親子師弟の問題は」
洋次の頬を脅す刃先を壁から抜き取るランス師匠。親父さん、どっちにしても先日のニコ・ゴリ氏といいなんて紋切りな歓迎してくれるんだろう。
「ふん。あんた偉いまれびとなんだって?」
「偉いかどうかは。ねぇ」
「おい!」
もう一度刃物を握ったまま振りかぶる師匠。
「偉くないなら、どうしてニコを困らせる。あんた、まれびとならナニしても許されると思っているのか?」
「知りませんよ」
開き直るしかない。
「ほぅ。ニコの娘がまだ小さいから、医者の娘を狙うのか、ありゃ来月嫁入りするぞ」
「いや彼女は、会ったこともないし。で、ランスさん、話しを聞いてくださいよぉぉ」
可愛い。もしくは美人に逆壁ドンなら延長でお願いしたい。でも、鍛冶屋のおっさんの壁ドンなんて遠慮したい。
鍛冶屋の師匠ランスは、放り投げて壁に刺さっている刃物を抜きながら洋次を威嚇してる。もしかしたら片腕で逃げ道を狭めているのかい?
「耳は結構達者なんだよ。まれびと。そんな大声張るな」
「師匠」
親子や弟子じゃあこの険悪な流れをどうこう変えられやしないって。逆にランスのヘンなスイッチが入っちゃったよ。
「さあ用件あるなら、とっとと言いな。だがもし」
「師匠、その刃物は」
「ななな、なかなかぁいい輝きでしたねぇ」
「おっと、そうだったな」
耳元で甘いささやきじゃなくて、ゴリって乾いた音がした。壁に刺さった刃物を抜いた音だろう。
「少し刃先が甘くなっちまったな」
「俺の心配してくださいよぉ」
いかん。話しが進んでないぞ、|モンスターの歯医者さん《洋次》。
「そのランス師匠の腕を見込んでお頼み」
「よそ者の仕事なんか、しねぇ」
「師匠」
まだ肩で息しているけど、コダチを制したフリはする。
「これはイグにプラス。中間はニコ、最終的に大勢の人のプラスになる」
「だから、俺は鍛冶屋だ。だから、モンスターの、は?」
「歯医者です。歯も大事な身体の一部ですから、直せば寿命が」
「だから、よ!」
急ぎすぎ。だろうか。鍛冶屋のランスに胸ぐらを掴まれていた。
「俺はよそ者の仕事をホイホイ受けるほどヒマじゃねぇ」
「師匠それくらいで」
「ふん」
鍛冶屋のランスは、作業場からいなくなった。
「いってーー」
まるで雑巾を床に放り投げるように叩き落とされた洋次。勢いなのか気迫で身体機能が一時パニくったのか、定番の咳コミすらでない。
「ヒマじゃないってって炭火も起こしてないじゃん」
ハンマーの音どころか、炉の火種も絶えているほど忙しいサラージュの鍛冶屋の背中が遠くなる。




