44 亀裂──クラック
数回指摘があったので前倒しで、〝クラック〟を発生させました。
洋次は、『風の便り』の後で、『ニコの店』に足を運ぶ。
「これも大事なアフターケアだよねっと」
この呑気な散歩は、現実が粉砕してしまうのだが。
「あーまれびとーー。ねぇねぇイグの歯に糸くずがあるんだけど」
「まさか。嘘だろ」
計算外で片付けられない、願わなかった事実が訪れた。
「もしかしたら亀裂、か」
脳天に白木の杭が刺さったら、きっとこんなダメージだろう。
「考慮しなかったわけじゃない。でも計算よりも数段速い。畜生」
一度だけアンを伺う。クリクリとした瞳は、イグを直した洋次への感謝と期待で輝いているように感じる。
「ちょっと挨拶は後でね。イグの歯を見せてね」
舗装していないサラージュの道に腰を落とす。
「うん、ほらイグ。大人しくね」
地球最大級のコモドオオトカゲよりも大型。小型馬級のイグでも、アンには子犬のように従順で助かってます。
「間違いない。クラックだ」
アンの指示で、ガバッと全開されたイグの口。洋次が接着した義歯の何本かに極細でも間違いなく黒い筋がある。
「この糸くずみたいの?」
「ふーーーー。そうだ」
天然コンクリートの義歯は咀嚼。つまり採食の噛み合わせの衝撃に耐え切れなかった。
もちろん、洋次も永久的な義歯とは考えてはいなかったのだけど。
「アン、悪いんだけどお父さん。ニコさんを呼んできてもらえるかな?」
「わかったーー」
アンが店の奥に駆け込んだスキに、もう一度クラックを点検する。
「一本はダメだな。残り二本は……総取っ替え。いや」
ブルブルとうな垂れ気味の首が回る。
「一勝三敗だ。なんてこった。ガッカリだな。いいや、一勝七敗でもいいさ。まだチャンスはある」
泣きたくなっていた。でもアンのためにも泣けない。
「アン、イグの歯はまだ完全じゃないんだ。もう少し待っててね」
これは断じて逃走でも敗退でもない。根本的に作戦変更。
コンクリート義歯に勝る治療を考案しなければならない。
「まれびと」
「待っててね」
恋人でも親戚でもない、でもそれ以上に辛い別れがあるとしたら、これだ。
洋次は歯を食いしばりながらサラージュの城に引き返している。
「くそう、なんて俺は未熟なんだ。コンクリートで解決だと安心していたなんて」
洋次は歯ぎしりする歯がある。でも、イグにはその歯がなくて、正直具体的な展望がないと命が危ない。
「くそう、くそうって、痛っ」
首を落としすぎて、街道にハミ出した看板に肩が触れた。ぶつかった。
「か・じ・や・?」
問題解決の対案が浮かんだ。




