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43 メアリーに一肌脱いでもらうよ

 ついに、メアリーが〝一肌脱いで、しまいます〟

「お話しが、あるんでしょう?」

 泣き別れの結末になったお食事会の翌朝。メアリーが朝食持参で洋次の仮宿の尖塔のお客さんになった。


「うーん、こっちの世界、オルキアでは宣伝ってあるのかな?」

「せ・ん・で・ん・ですか?」

「そう。どこどこに新しいお店ができたとか、あのお店の料理は美味しい、とか」

「それは」

 顎に手を当てたメアリーもカワイイ。後ろからギュッしたら、風魔法の的、だな。


「王都では、宣伝の看板とか、あります。でも、こんな田舎では」

「じゃあ、例えば隣、モクムで誰かがお店を開いたら、サラージュの人はどうやって知るの?」

「それぞれに親戚がいれば、そのヒトから教えてもらったり街道の旅人とか、行商人さんたちの噂話ですね」

「口コミね。でも、それじゃ領地に主要街道がなければ他所のお客は滅多に来ないじゃない」

「だって、モクムの店はモクムの人が来ればいいのでは? あ」


 メアリーは現地オルキア語にプラスしてカタコトでもニホン語を習得した賢くて成長著しい美少女だ。宣伝告知の目的と役割りがなんとなくでも気づいたらしい。


「あのさ、現状だと俺はサラージュから動けないから」

「その件に関しては申し訳ありません」

 昨晩、カミーラは洋次に、〝サラージュから出ないで〟と半分命令、半分ウルウルなお願いしている。


「いや、そんな頭を下げないでよ」

「まさか姫が洋次に領地外からの移動を禁止してしまうとは」

「参考までに、それってどのくらい拘束力あるの。俺、稀人でしょ」

 あれれ、失言かな。メアリーが嫌な人って顔だ。


「法的根拠は弱いです。でも、まだ洋次は国家から承認された稀人ではないですから」

「ああ、一応足止めにはなるんだ。そうなると」

「ええっ」


 狙い通りに今度こそメアリーが困る発言をしなくちゃいけない洋次だった。

「メアリーに一肌脱いでもらうよ」

「ぬ・ぐ・?」



 東風のコチ。西風のゼピュロス、南風のフェーン。

 メアリーが大好きな風の精霊の幼生体だそうだ。



『さてさて皆さん、ウマの手入れはいかがですか

『カワイイウマ 風のように走るウマでも

『生臭いのは きらいです

『あれあれ このにおいはウマのお口から

『どうしましょうどうしましょう

『そんなときには いらっしゃい

『サラージュに、いらっしゃい

『たいりくにたったひとりのモンスターの歯医者さんが トントンと

『生臭お口をなおします

『さてさて皆さん、牛の手入れは……



「うーん」

 三方に飛び散った精霊たちを腕組で見送る洋次。そして背中にポカポカと痛打、いやマジには痛くも痒くもないんだけど。

「さすが風の精霊だ。あっという間に、『風の便り』を飛ばせるなんて」

 ポカポカポカ。

「メアリー、どうせならもう少し肩甲骨、だから、そこじゃないって」


 もちろんメアリーは洋次の肩たたきをしていない。顔面どころか身体中真っ赤にして洋次を攻撃している。それくらい恥ずかしいらしい。


「そんな怒るなら、断ってもよかったのに」


 つまり簡単な小話みたいなものだ。

 洋次の発案は風の精霊を駆使した宣伝。テレビもラジオ、ネットも存在しないし紙だって高価な、地球の中世風の社会構造に似ているオルキアの宣伝広告。

 魔法の世界なら宣伝も魔法で。

 妖精が味方なら妖精に手伝ってもらう。

 この作戦は、日本でのCMソングと告知キャンペーンと同類になるんだろう。


「だ、だってサラージュのた、ためだからと。だ、ダマしたんですね」

「ダマしてなんかいないさ。ふふふ。これこそ魔法と科学の合体だなのだよ」

 これに続く単語人名はワトソンなのか、小林少年なのかはお任せします。


「いやーー苦労したよ。コピーライターのセンスなんかないからさ」

 白々しく洋次は威張り気味にモノを言う。

 メアリーやカミーラ以下、サラージュの人たちには広告の概念がないから洋次の作詞。歌の調子は、オルキアで流通している童謡を拝借。メアリーが歌唱した──そこが一番タイヘンだった──を精霊たちが運ぶ。


「だからってぇぇ」

 ポカポカが、次第にボカボカに推移。メアリーのお怒りゲージの上昇は止まらないようだ。


「メアリー、君だって承知して覚悟したじゃないか。俺の歌じゃ逆効果だし、カミーラじゃ荷が重いし」

「ひ、姫にこんな恥ずかしい真似など!」

「はいはい茹でダコ頂きましたよ」

 できれば召し上がりたいけど、当面はお預けってか嫌悪じゃないけどヘイト値下げないとね。


「だから、メアリーが吹き込んでくれたんでしょ。宣伝の歌を」

「まさか、あの様に恥ずかしいものだとは。一回歌えば事足りると信じた私が愚かでしたぁ」

「ふっ男が一回で済むと、いや。これはなし、なし」

「しばらく町にでれません」

「まぁ精霊の幼生体だからなぁ。サラージュの領地の外で歌えって指令したんだけど」

 大好きなメアリーの声を運ぶのが嬉しかったのか、三精霊たちはサラージュ城から出た途端風の便りを初めてしまったのだ。

 もうサラージュの誰もが宣伝の歌を耳にしているハズ。


「知りません」

 顔を両手で覆って恥じるメアリーは可愛いすぎるくらいだ。

「もしぃぃぃ」

 急展開。メラメラ全身を燃やしながらイキナリ両肩を掴んだメアリー。洋次の首をガンガン揺らす。

「これで他領からお客が来なければぁぁ」

「来るよ。だって精霊が運ぶメアリーの歌だもん。風の便りか、これからの商売の定番になるぞ」

「いやぁぁぁん」


 赤と黒。確か古典名著でそんなタイトルがあったけど、今のメアリーの方がピッタリだ。再度恥じてしまったメアリーはしゃがみこんでいた。

 現在の洋次は、そんなメアリーを眺めるだけの関係だ。


「いいですか、失敗は許されませんよ洋次」

「大丈夫。きっとお客は来るよ」


 じろり。身長差でメアリーが見上げている。だから洋次は視線を逸らせないけど、どうも胸の谷間が気になって仕方がない。


「三件です」

「さ?」

「三件の家族がサラージュを去りました。洋次が訪れてからです」

「人口が減ってるって」

 食べ物屋の主人でアンの父親なニコが、そんなことをグチってた。


「誰だって住み慣れた土地を離れたくないです。でも仕事がなかったら生きて行けない」

「え、メアリー」

 涙ぐんているんだろうか。メアリーは、小刻みに震えながら、おでこを洋次に衝突させる。


「私がもっとサラージュの、力になれたら」

 メアリーはワルキュラ家の家令補佐でもある。家令は主人の経済財政の管理が主業務で、実際はメイドの片手間の仕事じゃない。メアリー一人にそれだけ責任なんか、ある訳ないんだ。


「それって」

 肩を抱きしめるべきだろうか。噛んじゃったと話の方向転換も悪くないかも。

 だがしかし、なんだ。


「きっとお客は来るよ」

 でも、それだけを答えた。

「俺、モンスターの歯医者さんだから、するべき仕事は、治療なんだ。ご協力ありがとう、メアリー」

 洋次の胸元にメアリーのおでこがごつんとブツかる。同意の意味で頷いたんだ、きっと。


「だからお客が来て、治療することで」

 洋次がモンスターの歯医者さんとして認知されることが、サラージュの治療になる。

 きっと、なる。

「治療するから」



 さて、精霊が飛んでいったのは東西南。

 どうしてだか西側担当は早々に帰って来た。これは事情を聞いた洋次も納得。剣と魔法の世界ならではの理由があった。

 また精霊の派遣から唯一外れた北側は、不幸の風(バンシー)の領域。今回の宣伝に北風バンシーがハズれたのは、サラージュの北側は主にモクム領。既にヴァンが口コミが終了しているだけが理由ではなかった。


 つまり、異世界にも地球と同じ、複雑な問題がある。そんなワケだ。









 m(_ _)m スマン



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