42 困ったな
「ようじ、〝はいしゃ〟は順調ですか?」
二日ぶりにカミーラと一緒の夕食を摂っている。例えオルキアでは特別扱いの稀人でも、カミーラは次期伯爵な貴族。毎日毎食同じテーブルを囲えないのだ。
「そこなんですよね。サラージュは、その」
家畜数が少ないから、モンスターの歯医者さんも開店休業だ。
「もっともですね、カミーラ姫様」
「ようじ、カミーラで構いませんよ」
フォークの手を止めてニコリと笑いを返してくれるカミーラ。
「はい、カミーラ。ですが、地球で、少なくても日本ではお、私が獣医、獣歯科医を名乗れば違法になるから、素材研究と併せて修行期間と前向きに捉えているんですけど」
チラっ。カミーラの脇に控えているエルフメイドのメアリーを伺う。
「無料で家畜の歯を診断するからです」
いきなりバッサリ。
「そこで、サラージュ以外からも患者を」
チャーーン。金属音が食堂に響いた。洋次が通っていた高校の体育館より広い割に長テーブルと一基のシャンデリアだけの部屋だから、えらく長いエコーになった。
「ようじ、ダメ」
「「姫」」
メアリーの介助なしに席を立って洋次に急接近するカミーラ。あれ、涙目だ。
「ようじ、サラージュをでては、いけない、です」
「姫」
メアリーもタイヘンだ。作法だと落としたフォークは拾わなきゃだし、カミーラのフォローもある。
「姫、御着席を」
「でも、メアリー。メアリーはようじがいなくなるのがいいの? ケンカしたの?」
「ああ」
子供の論理ってか、ほぼ赤ちゃんの感情なんだ。母親やオモチャ、その他大切なモノと離れたら泣いちゃう赤ちゃんだ。
「カミーラ、よく聞いて。稀人、板橋洋次はサラージュの稀人です。でもサラージュと自分のために、ちょっと外にでる」
「ダメ、そんなのダメ」
無理やりメアリーがカミーラを席に戻した。食事会は、かなりザンネンな方向に進んでいる。
「すぐ帰ってきますから」
「ダメです」
これは困ったな。




