40 ハズレの稀人
オルキア王国の行政府。
定例会場は現在閣僚たちの他愛もない雑談と軽い会話に占領されている。本会議は、どうやら先延ばしの予感がする。
「そうそうマッセ伯、最近稀人が現れた、とか。ご存知か?」
「あ、いや。稀人の申請なら先月も却下したハズだがな」
これを金ピカ煌びやかと形容しないのならば、世の中の全て地味モンだ。さらに期待というかお約束に定例会場の体脂肪率と高齢化はバツグンに高い。
そんな閣僚たちの衣装は、デザインが同じ、と言うか揃っている。イメージとしては古代ギリシャかローマ人の定番衣装のドガの上に太いタスキを巻いている。タスキはめっちゃカラフルで、要は領地と爵位、それに自分の功績を主張している帯状の勲章なのだ。
「稀人、不要論を展開される貴族も見受けますが、卑官はまだ異世界との〝かがく〟の格差を痛感しております。主席長官、稀人の一刻も素早い真偽の精査と承認が不可欠、ですぞ」
主席長官のナハトジーク公爵は、ただ雑談の形をした腹の探り合いに頷くだけだ。
「ところで、今回の稀人は、どこに出現を?」
「おやおや、ハンザ侯は物忘れがお得意の御様子。既に腕の良い密偵を遣わしたのではないですか?」
「いや、その」
口元を折り曲げるハンザ候。
「意地悪はその辺で。ハンザとサラージュは遠からず、近からず。されど経済の影響は無視できず。興味を持つのが自然ですからな」
「なるほど。ところでその稀人、今回は〝当たり〟でしょうかな、ハズレですかな」
「全く。〝当たり〟の稀人は金脈に等しいですからな。それこそ、〝よんだ……」
「『はいしゃ』」
今日初めて主席長官の唇が動いた。
「はいしゃ?」
歯、単体を治療する概念はまだオルキアには誕生していなかったのだ。
「『はいしゃ』となり、モンスターだけの歯を治すそうだ。何が目的なのだ、サラージュの稀人は」
オルキア王国の行政の頂点、ナハトジーク・ケッヘルの発言は、この日この一言だけだったと議事録の備考欄に記載されている。
もちろん、主席長官の言質の真意は誰も理解していなかった。
「特異な科学を駆使したり、せずに?」
「そうだ。〝ちぃと〟などと称して異世界の技術風習を押し付ける無礼な稀人が続いていたが、歯をどうするのですかな?」
「傷んだ歯は、抜けばよい。それだけでしょう」
「抜くのは、ちと痛いですが、な」
「おや、歴戦の大将閣下とは思えない弱気」
「はははは」
お互いの顔色を伺い、次の発言を待つ閣僚たち。
「本当に歯、だけですかな?」
「では、サラージュでは特に税収も増えず?」
「はは。どうやら〝ハズレ〟の稀人の模様」
「モンスターの歯、医者など、何をするのだ? モンスター獣医ではなく?」
「先々代の功績でも、吸血族が爵位を持つのも忌々しい。このままサラージュ伯爵家が再び廃位されれば良いでしょう」
「ではハンザ候も無駄骨でした、かな」
「いやいや」
「では、とっとと承認して放て置けばサラージュは干上がる。ですかな」
「はははは」
上辺だけの、『は』の文字列が控えの間を滞留した。
すみません。
話の切れ目の都合で短いストーリーの連投になりました。




