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38 あれが税金


「ヒドイ目にあった」

 マンガだったら杖歩行プラス、肩口付近にツギハギが書き込まれて、〝ボロっ〟って擬音でも背負っている。


「もうボロボロだよ。でもヴァン」

「何用であるか」

 洋次は徒歩。貴族の子弟のヴァンは豪華な馬車で移動している。遠目には貧相な従者が馬車に同行している図になる。


「乗馬を教えてもらって感謝なのに、いいんですか。銀貨をもらってしまって」

「それならば我がウマたちの〝ちりょう〟の代金なるぞ。遠慮する理由などなかろう。それに」

 正直治療とは言えない歯石の除去と歯茎の点検なのだけど、無料キャンペーンの成果で腕前は半人前より微妙に高い、四分の三人前に上達。ガンバレ、モンスターの歯医者さん。


「はいはい、地元貢献ですね。どちらにしても感謝しますよ。あれ?」


 バナト大陸のオルキア王国のサラージュ領。

 異世界人と同義語になる稀人の洋次が間借りしているサラージュ城をたくさんの人々が退出している。


「なんだ、あの女性集団は」

「やっと終了の時刻か。想定よりも長引いたな」

「ヴァン。貴方こそ終了、そろそろ領地に戻ったらどうなんです?」

「苦しゅうない。今日は久々にカミーラと面会もよかろうとな。何しろ余の将来の伴侶、側室であるからな。サラージュのお家事情に明るい側室などなかなかおらぬ」

「って面会の申請したんですか?」

「ない」

 馬車の窓越しからキッパリ断言しました。


「自己中だなぁ」

「それは褒め言葉であるか? まだ貴族領主をようじは把握しておらぬようだから説明しよう」

「そりゃ感謝しますだ」

「うむ」

 全身尊大なヴァン殿下でした。


「税金は、まれびとの世界でもあるのだろう?」

「もちろん、ありますよ」

「あの塊は〝それ〟だ」

「え?」


 改めて城からゾロゾロ退出している集団を見た。大半は若い女性、そしてメアリーには負けるけど結構美人もいる。


「〝あれ〟が税金」

 種族の大半はヒューマンで、エルフっぽい人が数人、ドワーフと推測できる小柄丸顔も混じっているし、ネコ耳も一人。


「税金で美女を集結させて?」

 コツンツンツン。またしてもヴァンの刀の餌食になる洋次。


「洋次、やはり楽しい勘違いをしておるな、口元からよだれが垂れておる」

「だってあれだけ美人美少女が少し艶っぽく汗かいてればさぁ」


「これ。あれらは勤労奉仕。金銭や穀物で税金を支払えないサラージュの民が城の手入れや仕事を分担しておるのだ」

「へぇ。でも安心しましたよ」

「なぜであるか?」

「だって、こんな広大な城をメアリーが独りで監視していると勘違いしてたから。サラージュの皆が手伝っているなら納得だよ」

「だから、そこで御終いではないぞ」


 指先を曲げて、コイコイと洋次を誘うヴァン。そしてひそひそ話。

「つまり、サラージュの民がそしてカミーラがそれだけ貧乏である証左なのだぞ」

「証左ですか。ああ、でも」

 サラージュ城、そしてワルキュラ家に使えているのはメアリーだけ。それは、雇えない財政事情でもある。


「あれはな、洋次」

「はい」

「メアリーには、そしてカミーラには余り好ましい光景ではない。税収に乏しいと公言しているのと同じだからな。そんな恥をまれびとに気取られたくないのだ」

「え?」

 わざわざ洋次を呼び出して乗馬訓練を施したのは気紛れだけではないのか。


「まあ、そう言うことだ」

「貴方って」


 ワガママ気ままなガキだとばかり解釈していたのだけど、違うようだ。


「そなたを疲れさせないと今晩あたりメアリーが危ない故な。カミーラもそろそろ我が手に収める所存であるしな。一晩で美少女二人と寝床でサラージュの今後を語るのも悪くなかろうて」

「こいつ」


 前言撤回。洋次はヴァンの脳天にグリグリ拳骨をねじ込んでいた。


「よ、ようじ。それはなんじゃ」

「こ・れ・は・チキュウでの親愛の動作デス」


 更にもう半回転。

「痛いぞ。そんな仕草が親愛のポーズだなどメアリーから聞いておらぬぞ」

「そりゃ最新の流行ですから」


 グリグリグリグリ。気のせいかヴァンの頭が一センチくらい沈んだかも。


「もう少し次期伯爵様に、け・い・い・を」

「痛い、痛いぞようじ」


 洋次はグリグリ、ヴァンはポカポカとオモチャの剣で殴り返す低次元の争いが勃発した。

「この」

 ヴァンは次期当主。洋次は稀人。御者は異次元でレベルが果てしなく低空のケンカの仲裁をする気は、もちろんナイ。

 命令がないから黙って御者席で固まっている。


「なんと」

 醜い争いは不意の襲撃で打ち切られる。



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