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36 俺、モンスターの歯医者さんです


「さあさあサラージュの皆さん」


 誰も知らないだろうけど動きとしては土俵入りのお相撲さんの柏手のマネで大きい動作でアピールする。


「今回は大サービス。本日限定で皆さんの使役モンスターの歯を点検しますよ」


 ぉ。

 がや。

 ぉぉ。

 がやがや。



「おや、やっと一人モンスターを連れにご帰宅か」


 名前を知らない町人が帰宅している。この男性に次いで、広場から離れる見物人たち。


「さて、じゃあモンスターの歯医者さん。経験値積み上げますか」


 自称はモンスターの歯医者さん。でも実体は十六歳高校生ではまず経験値を蓄えるしかない。でも、この戦略にご不満な方がいるのも、致し方ないことでして。


「ようじ」


「あ、色々ありがと、う?」


 呆れるほどわかりやすく、あちこち膨れたメアリーが歩み寄る。


「これだけ協力して、報酬はないんですか?」


「え?」


「姫様、カミーラ様が御覧頂いて、無料なんですか?」

 メアリーも無視しています、ヴァンを。


「い、いやその」


「医者はお金貰うのが当たり前でしょ? どうして」


「それは、その」


 困った絵図だ。回復兆候のイグと喜びを倍増し合っているアンと、複雑そうな表情の父親のニコ。


 その感動的光景を独占できない洋次魅了などの魔法がムダ使いになったと立腹しているメアリーの詰問に逃げ回っている。それなりに早歩きで逃げているからメアリーはワンピースの裾を摘んで追跡。怒りマークが顔中に浮いていてもマナーは忘れないお見事なメイドさんにたじたじな洋次。


「ようじ、メアリー?」


 どんな事態なのかしら、とばかり下車するカミーラに行く手を遮られる。


 そうだ。


 とっさに思いつく言い訳。


「つまり、その俺の商売戦略である以前にカミーラのためなんだ」


「まぁわたしですか」


 馬車から降りたカミーラが、純白の手袋を口元に運ぶ。

「姫様かお嬢様をつけなさい!」


「わたしは、姫やお嬢様とと呼ばなくてもなくても構いません」

「ですけど」


 ヤバい。このままだとメアリーにコロされる。それも悪くない、いやワルい。


「だから、わかりませんか?」


 逃げるから追いかけられるならUターンする。きゃっ、可愛い悲鳴が聞こえたような聞こえなかったような。


「イグに施したのは結果付け歯ですよ。吸血族は自分の歯で吸血するのが成人の儀式の作法でしょ? 付け歯装着オッケーな」


「間違いありません、そうね。メアリー」


 指を折り重ねてうんうんとうなずくカミーラ。メアリー絶句。


「イグの歯は大人の指くらいのサイズですし、まだ正直メンテナンスが必要ですよ。でも」


「でも」

 コクりと動く小さな顔。


「でも」

 エメラルドグリーンの瞳の眼光が緩くなった。多分、きっと。


「いつか、俺がカミーラが自分の歯や牙で吸血できるよう研鑽します。技術や道具のノウハウも蓄積して」


「ようじ、貴方はなんて素晴らしい稀人なんでしょう」


 カミーラは、吐息か交差してしまえるほど接近している。これってほとんど恋人の距離だ。

 ここはサラージュの広場。いわゆる衆目の場なんだけどねぇ。


「姫様。殿方と肌を合わせるのはお控えください」


 半歩一歩と接近しているワルキュラ・カミーラ。吸血族の次期伯爵様。成人の儀式が完了したら領主様になる女の子だ。


「なら、メアリーも同罪」

 カミーラがグイッとメアリーの腕を引っ張った。またしても、だ。またしても美少女にサンドイッチになる。

「あ、あン」

 前からもふもふ、後ろからぽわわん……以下略。


「お嬢様」

「うふふメアリーも一休み」

 メアリー。そうだ、フルネーム知らないけど、ワルキュラ家に使えている超美少女なエルフのメイドさん。家令って重要な仕事も任された細い肩は、胸以上に過酷な重責を背負っているんだろうな。


「あ、あの。これ嬉しいんですけど」


 前身頃、つまり胸などの身体の表にカミーラ。背中側にカミーラに腕を引っ張られたメアリー。着衣のあるなしだけの違いで、先日不発に終わった成人の儀式の構図と変化がない。


「ひひひひ、姫!」

 背中がポヨヨぉん。


「噛んだのかな? 動揺?」

 胸がぽかぽか。


「ようじ、サラージュとカミーラの将来を貴方に託します」


「あーー。まれびと、だっこだ。アンもだっこしてーー」


 ピト。足元に小さな衝撃。アンが洋次の片足をホールドしたんだ。


「ああ、もうなんだかなぁ」



 もちろん、こんなリア充時間が長続きするほど異世界は甘くない。


「これ、ようじ。そなたが抱きしめているは余の将来の妻と側室なるぞ」


 緊急事態だからなのか、ニンゲン踏み台なしに馬車の客室から飛び出していたハッタことヴァン。もちろん、懲りていないのかオモチャの刀をブンブン振っている。


「控えよ」

 カミーラやメアリーの浮気とは解釈しないらしい。


「だからぁ」


 こんな原始的な修羅場を傍観しているアンの飼いトカゲのイグと北風バンシー


 〝あなたもようじと、だっこしたい?〟

 ぐぅぅぅ。

 北風の幼生体の無邪気な問いに流される患畜一号のイグ。

 これに、ご立腹の次期伯爵様がコラボする。


「無礼なまれびとを懲らしめよ、オオトカゲ!」


 ぐぅぅぅぅ。


 ヴァンが火に油を注いだ。風の妖精のパワーを蓄えた北風バンシーが発生した風でイグが洋次の頭に歯を立てるまで、後五秒。


 四秒。


 三、二、一。


 ……。


 自分が施した治療の有効性を洋次は身を持って確認するハメになった。

 だから、今日から板橋洋次は名乗るのだ。



 今日から俺、『モンスターの歯医者さん』です、と。



 第一章 完

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