34 勝負だぞ
メアリーの予想外の高速移動の賜物だ。実験開始から僅か三日で洋次は第一段階に到達していた。
時計もなかったし元々少ない塔に設置させた窓を締め切ってしまうと、時間も日数も見失ってしまっていた。でも、慎重に作業しながらも急いだ。
「これなら実用に耐える」
ポケットから小道具をごそごそ。カキカキする。
「北風」
〝なあに〟
他の三人の精霊はメアリーに貼り付いているのがデフォだ。洋次をメインにしているのは北風だけ。違うな、目的があって塔内に引き篭っていた洋次に興味を持ったのが北風だけだったんだ。
でも一度、塔の外でカミーラとメアリーの喋り声を耳にしたかな。何の用だったんだろうか。
「まあともかくやっと、だ。この伝言メモをメアリーに。メアリーが外出していたら、カミーラに。うわっぷ」
これを一陣の風と呼ばないでナニを呼ぶのか。洋次の指先に挟まれていた紙片は、北風の姿ごと一回だけ渦を巻いてから、スっと消えた。
塔内は以上に冷気に覆われていた。やはり幼生体でも北風の精霊の仕業だ。寒いったらない。
だから一度だけならぶるっと身体を武者震いも許される、そうだろう?
「さぁて、勝負だぞ。〝モンスターの歯医者さん〟」
実際は高校生。見習いの単語を飲み込む。
「おい、まれびとさん」
サラージュの町の広場。
メアリーが手配してくれたので、ニコ・ゴリを含めて見物人が数人。
「久しぶりだが、これからナニしてくれんだい?」
「まれびと、イグも一緒だよ」
「ああ、そうじゃないと話しが進まないからね」
小脇に今後仕事カバンになる各種の小道具を持ち込んでいる。
「じゃあ、いいかい、アン。これは治療、イグが良くなるための作業だから大人しく見ててね」
「うん」
「ありがと。この期待は」
裏切れない。思わず唇を噛んでいた。
「ようじ、力みすぎてます」
「わ! わ!」
前触れ無く額が遮蔽された。メアリーがハンカチで汗を拭いてくれたのだけど、予想していないと案外驚くもんなんだな。
「力みすぎは手元が狂いますから。落ち着いて」
凛としたメアリー。まるで、今までもこんな事していたでしょうとでも言いたげなんだ。
「姫、いえカミーラお嬢様も、よりによってハッタ様もご覧ですから。しっかりと実施なさってください」
イグや洋次を中心にした人の塊の外周部分に、馬車が二台。窓から、どうしてだか着飾っているカミーラの影が写っていた。別の馬車は、無視します。
「こりゃ責任重大だ。では、イグを縛りますけど、その前に」
メアリーに目配せしする。今後、もっと〝いい意味で〟こんな合図できたらなんて考えてしまっている。
「魅了」
「あれ、れ?」
麻酔の代用が魔法ってのはさすがに『剣と魔法』のバナトだ。でも、魅了の魔法なら、体験済みだったハズなんだけど。
「赤玉とか多彩な光る玉が見える」
魅了の魔法でオオトカゲのイグの抵抗を防ぐメアリーの手先から、発光球体が飛び散っている。そうか、そうなんだな。力みすぎていたのは洋次だけじゃなかったんだ。
ぷぎゅゅゅ。
面白いほど即効でイグはペシャンと地面に貼り付く。催眠、正式には魅了で行動不能のイグの四肢を打ち付けた棒に結ぶ。
「じゃあ、口を開いて(オープンユアマウス)」
イグが目覚めたり、無意識に噛まないように支え棒も必需品だ。
義歯の素材は天然コンクリート(ローマンコンクリート)です。
義歯同士の衝突耐久などは、後日のトライアンドエラーになると思います。




