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33 合鍵は持っているの?


「洋次、ご依頼の品です」


「あ、なんだかジト目」


 徒歩で片道五日の距離と聞いていた王都の往復。でも、メアリーは何日どころか日帰りで達成、いや女子力ってスゴい。


「本気の女子って凄いな」

「言葉はどうでもいいですけど、これでなにをするんです?」


 手から手。メアリーの白い掌から溢れたのは数センチの白い塊。


「言ったでしょう。俺、モンスターの歯医者さんになるんだ」


「それで?」


 板橋洋次の現在地は、バナト大陸のオルキア王国のとある地方、サラージュ。

 まだ成人していないから正式な領主じゃないワルキュラ・カミーラがご主人様。家令兼任のメイドのメアリーに宣言した。


 モンスターの歯医者になる、と。


「さて、これから数日、塔に籠るから色々と宜しくね」


「それが、稀人のし、仕事なら」


 いつもの事だけど軽く噛んだメアリーが胸いっぱいに洋次の荷物を抱えている。但し、荷物とは称したけど、実際には登山時の着衣とリュック。これには水没でお亡くなりになった品は廃棄され除外済み。

 この荷物にカミーラの指示で与えられた衣服。


「ご使用されている服は、亡くなった使用人の服だそうです。私は会ったことないですけど」


 だそうです。


「メアリーって、ずっとワルキュラ家に勤めていたんじゃないんだ」


「ええ、私エルフですから」


「そうなの?」


 そこから無言で歩くメアリー。

 移動数分で新しい住処に到着。

 厳密には敷地内移動で、サラージュ城の物置小屋から、尖塔。物見とか物置に使用する塔が支給された。やっと稀人らしい待遇に昇格したと言えなくもない。


「ところで、私に依頼した品とか、どうやって、〝はいしゃ〟するんですか?」


「もしかしたらマナー違反だったらゴメンね」

 自分の下唇をプッシュして下顎と歯茎を顕す。メアリーが少し困惑したのか眉を折り曲げていた。


「歯ってのはね、実は顎の骨と連結していない。乱暴な物言いだと歯茎を接着剤にして繋がっていて、そして〝浮いている〟んだ」


「それで?」


「まず、メアリーが持ち帰ってくれたモノ。サメの歯をイグの歯の代用にする見本にするんだ。義歯がチキュウの言い方なんだけど、この義歯を接着すればイグは回復する」


 先日、メアリーはカミーラに付け歯の接着剤としてニカワ質を選択したけど、正解じゃなかったようだ。


「この接着剤は、結構企業秘密なんだよ」


 隠語なのか業界用語なのか、実際の歯科医でも歯の詰め物の材料として呼称する素材に、セメントがある。

 洋次は、セメントを義歯そのものプラス接着剤にする設計図を描いていた。

 セメントは、石灰岩を主原料に生成可能。それほど特異な資源ではないのだ。


「でも素材はどうなさるんですか」

 建築での従事していなければ接着剤の活用とモンスターの歯医者さんの関係はわからないだろう。いや、これまで誰もオルキアでは発想しなかった用途だ。


「散歩の功績さ。サラージュに素材が都合よく小粒で道端に露出していたんだよ。当面はタダ同然で義歯と接着剤が作成できるんだ」


「そうですか」

 メアリーの尖った耳でもセメントは意味不明すぎて通過しているだろう。サラージュの家屋を眺めれば一目瞭然。セメントを使用している形跡がないからだ。


「この知識が」

 武器になった。やはり、ガマンして学校の図書室で本を読み漁った努力はムダじゃなかった。


「あちらです」

 塔は予め開錠されていたので、メアリーはスタスタと塔内に進入。最地層階の真ん中に設置されているベットに、それまで豊か過ぎる胸と密着していた荷物を置く。


「へぇ。外から見たより塔の中は広いんだね。しかも階層も期待通りだし」


「今後こちらの塔を使ってください。鍵です。申し訳ありませんが多少散らかっておりますが」

 これぞ錠前な鉄製の鍵を手渡すメアリー。

「そうかな。俺の部屋より綺麗だけど、これ古風なタイプな鍵だね。で、ここの合鍵はメアリーは持っているの?」


「いいえ。必要ないですから」


 即答でセクハラ発言をなかったことにされてしまいました。


「でも助かったよ。それなりに高さも欲しかったんだ。色々実験したかったからね」


 内部は螺旋らせん階段で天上付近まで上昇可能。幾つかフロアの仕切りもあるけど、基本的には吹き抜けタイプで居住面積はそれ程広大ではない。


「左様ですか。そうそう失念していました」

「古風な物言いだね」


 そこでナゼか軽く一礼するメアリー。

「王都より、後日官吏が派遣されます。洋次様が間違いなく稀人だと認証するためです。その折りは城内から外出されないように」


「まぁ何日かは動けないから、その時は枕元でささやいてよ、メアリー?」

 風の精霊に好かれているお陰なのか、風のように姿を消すメアリーだった。


「スルーするなーー」


 でも、でもだ。まだ性春真っ盛りな十六歳にはまだまだセクハラや性的な道具が残されていました。


「あ、この衣服とか」


 さっきまでメアリーの胸にピッタリ密着していたじゃなか。


「……する?」


 はい、そこでお約束発動。洋次が放置されていたアイテムに手を伸ばそうとした瞬間だ。


「うわっ突風」


 まるで室内竜巻の発生。ベットの上の匂いは、塵と埃の乱舞で掻き消えてしまう。


「寒ぶっ。全身氷になるぞ」


 こんな冷たい風。そして、十六歳のイケナイ性春を阻害した風の生産者は、きっと一人しか考えられない。ギギギとゆっくり振り返ると、見えた。精霊の幼生体の一人が。


北風バンシー


 〝うん〟

 実体のない精霊なんだそうで、でも快活なお返事でも返しそうな朗らかな相槌だった。


「いや、その助かったよ。床埃っぽかったから」


 もう数センチで変態世界に足を踏み込むところだったからな。


 〝そうでしょ〟


 満開の笑顔の北風バンシー。今朝、メアリーに怒鳴られてビクついた怯えて、どこか頼りなさげな雰囲気は微塵も感じない。


「あ、ああ。でも衣服とかメチャメチャだよ」


 でも。


「床掃除の必要は当分なくなったかな?」


 ってな寄り道イベントを経過して洋次の目指す目標。

 モンスターの歯医者さんの道を歩き始めるのでした。




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