32 悪さしたら、焼き串にすっからな
「ニコで構わんよ。アンタはまれびと様だしな。いい話しなら是非聞かせてくれ」
「上手くいけば少し前、アンがイグに載っていた頃に戻れる可能性があるんです」
「へぇほぉ。じゃあ悪いが仕込みをしながらでもいいかい」
灰色に変色した前掛けで手を拭きながら店に戻るニコ。
「もちろん、それから幾つか質問もお願いします。大事なことなんで」
「じゃあ来な」
鎧戸鎧窓。
ガラスが普及する以前は、こうした隙間だけが採光。明るさだった。
開店前なので薄暗い店内をニコの後に続く。ニコは慣れている暗さも、おっかなびっくり伝い歩きで移動を強いられる洋次だった。
質問タイム。
「使役モンスターが寿命が来たら潰すっておっしゃいましたけど」
店内とは仕切り板だけで隔てている厨房で鳥肉をさばき始めたニコ・ゴリ。
「大抵はそうだ。本音を言うとあんまトカゲは旨くないから、金持ちは魔法とか射撃の生きた的にするくらいで、それならひと思いに首を切って焼き串にした方が親切ってもんだ」
「生きた的。で、イグがいなくなったらその後は? 失礼ですけどこちらは二匹目のモンスターがいないようですけど」
アンが同席していたら、イグたちの匹扱いを立腹したな。幸か不幸かニコは、匹をスルーした。
「少なくてもウチの店は二匹も飼っちゃいねぇし、新しいのを買う余裕もねぇ。恥ずかしい話だが、あのトカゲは、野良トカゲでな。俺は一銭も金払っちゃいねんだ。どこかから逃げたらしいトカゲが、森で迷子になった、当時よちよち歩きだった娘を背中に乗せて帰って来た。以来メアリーが色々調べたりして飼い主不在不明でウチの飼いトカゲになったのさ」
「それは結構なドラマ、イグは恩人ですね」
「だからよ、俺も扱いに困ってんだ。正直、潰さないならサラージュの城で預かってくれてもいいって考え始めてるんだぜ」
「十歳の娘さんでも戦力減は手厳しいですか」
「実際、サラージュは不景気の塊でな。領民数だってどんどん減ってる。客が減れば、さ」
八つ当たりだろう、それ。ニコは乱暴に鳥の首の根元に大鉈を下ろした。人口数現象は商売のパイの先細りを意味する。カミーラが管理するサラージュは食べ物屋が獣医が薬師が複数対立できないほど痩せた経済力な地域なんだ。
「宜しいですか、俺、このサラージュで稀人になる予定です」
「へぇほぉ。聞いた話じゃまれびとを囲っているとさ」
「愛人ですか」
「似たようなもんじゃねぇか。役人が派遣されるし、お手当貰えるんだってな」
「そんな話しも聞きました」
ニコの手さばきが、切断から細かい流れる作業に移行していた。
「ちょっと遅かったかな。でも、役人が常駐すると楽になるがな、間に合うといいな」
「楽?」
「だって結婚にしても家を建て直すにしても……〝にんか〟がいるだろ、今のサラージュは、役人が常駐している別の領主の土地まで遠出するハメになる。まれびと用でも役人がいれば、その手間がなくなる」
「メアリーが、そんな説明してたかな? ん?」
シュッ。産毛が動くかどうかな微風に次いで目の前に金属の板。じゃなくてこれ、大鉈じゃないか。
「ににに、ニコはぁん」
喉元に冷感。
「お前な、まれびとをイイことに姫様やメアリーに悪さしたら、焼き串にすっからな。無論ウチの愛娘も母ちゃんにもだぞ」
その後、ダバンが重要と捉えている女性名簿の列記は省略します。
「し、しませんよ」
カミーラとメアリー両人の全裸サンドイッチされましたと発覚したら三枚おろしだな。ダバンが日本式の調理に疎いことを祈ろう。
「で、まれびと様なにをするんだ? 昨日の約束は守るんだろうだろうな」
「さ、様に刃物を突きつけるのはどうなのかなぁ」
気のせいか刃先が接近しています。
「気にすんな。これが俺の毎日だ」
「あ、あのですね。俺、モンスターの歯医者になります」
「へぇ」
喉元に存在感を示していた鉈が長大な生板に刺さった。
「はぁ、勘弁してよぉ」
「はいしゃ? 〝は〟医者でトマさんの仕事を奪う算段じゃないだろうな。トマには来月、他所に嫁ぐ娘さんがいるんだ、そんな大事な時期に」
「だ・か・ら・の、歯医者です。モンスター専門の」
口を開いて自分の歯をタッチする。
「歯? 歯なんて、傷めば抜くってもんだろ」
「あ、予想通り」
前時代は歯の治療は抜歯だけ。それ以上でもそれ以下でもない。だから、抜かないで削って埋めるなんて驚きだし、まず虫歯などを予防する概念はバナトには誕生していないんだ。
「でも、それは、ですね」
「んだ。口ごもって」
畳の上の泳法。丘サーファー。どうやら実例を誇示しなければ信用されない。そりゃそうだ。
「まれびとーー、どしたのーー?」
抱えている草に埋没しているようなアンが小走りに接近する。
「ああ、アン。草の擦り潰しご苦労様。疲れないかい?」
「うううん、大丈夫だよ」
メアリーが帰って来たら。その言葉を飲み込んでいた。言えばアンは待ちきれないだろうし、何回かトライアンドエラーするはずだから、期待が膨らみ過ぎてしまう。
「イグが自力で食べられると、いいね」
外で誰かが大声を張り上げていた。
「まさか」
アンと別れて店から外に出ると、上空に一点。飛行している黒い点が徐々に拡大化していた。
「メアリーなのか?」




