31 最初の患畜が
「さてと」
頬の腫れが治まるまで城にいてはどうかとカミーラは言った。でも、洋次は城の外に出た。
「結果的に患者第一号になったイグ君の様子を見物、じゃなくて診察しましょうかね」
患畜の表現がありますけど、洋次は知らないからご了承ください。
「それに正直栄養不足だよ」
食べ物屋はもうやらない。でも自分が食べる分なら約束は守ちゃんとっている。それが洋次の理屈だった。
「でも健康的だなぁ」
間借りしているカミーラのお城は、ストレートにサラージュ城だった。で、そのお城から徒歩で二十分くらい歩かないと町まで到達しない。
「あーー、まれびとーー」
すり鉢と棒を片手にぶるんぶるんと手を左右に振って挨拶するアン。足元には、肋骨の凹凸が傾らか、飢え死にから脱出しつつある使役モンスターのイグ。正直オオトカゲだ。
「アン、こんにちは」
日本とは食糧事情が異なるのか、午前中現在はニコの食べ物屋はまだ開店準備前。
軒先で、店主ニコの娘さんのアンがすり鉢で使役モンスターのイグのご飯を摺り下ろしていた。
「やぁ。イグはどうだい?」
「うん、少し歩けるようになったよ」
きゅゅゅ。
鎌首の表現はトカゲには不向きなんだろうか。ともかく、洋次の接近に反応したイグ。最近までアンはイグの背中に乗って配達をしていたらしい。働き者だね、この世界の生き物は。
「そっか。じゃあ見立て通りに、歯が弱っているから植物の繊維を砕けないだけで、内臓とかは平気だったんだ」
「イグ、よくなるよね」
「そうなんだけどね」
「父ちゃーーん。まれびとだよーー」
道具一式を手にしたまま店の中に駆け込むアン。
「そうなんだけどね」
ああ、やっぱり。
アンに腕を引っ張られて食べ物屋の店主、ニコ・ゴリさんが登場した。とても不機嫌そうな顔色で。
「わたし、もっと摺り潰す草持ってくるからねーー」
「あ、アンちゃん」
アンの目的地は餌置き場だろうか、再び店奥に引っ込んでしまった。ねぇニコお父さんと二人っきりにしないでよ。
「あんたか」
板橋洋次と漢字コミで呼んで欲しいなって要求は難しそうだ。
「あのなぁ。使役モンスターにも寿命があるんだ」
「そうですね、でも」
「そりゃあのトカゲはさ」
「はぁ」
今更を幾つ重ねるべきなんだろうか。この世界、最低でもニコはイグをトカゲと認識している。小型竜とか〝ウマ〟じゃなくて。
「ウチの娘の恩人だし、そりゃ仲がいいけど。でも寿命が来たら潰すのが自然ってもんだ」
「恩人を潰すんですか?」
「ウチの店、見ろよ」
顎でしゃくるように木造の店舗を指す。
「働かないモンスターにやる餌よりも、なにより人手とか時間がねぇ。いつもならアンがとっくに食器の点検と出前の確認で一回りしている頃合なんだ、だのに」
人族の会話がわかるんだろうか。いや多分、自分が震源地になっている悪い話をしている空気を感じているイグは、トカゲ頭をべたっと落としていた。
「今日はイグの餌作りにつきっきり、ですか」
目を細めていた。
辛いな。終末を綺麗に飾れない過酷な現実は地球でも、ファンタジー的なオルキアでも変わらないなんて。
「実はニコ・ゴリさん、今日はその件についてお話があるんです」




