03 いつまで胸に顔埋めているのよ!
「ヤベっ」
落とし穴だったのか。身体が沈む。誰かが罠を、登山道沿いに穴を掘って仕掛けたというのか?
「沈むっぞ!」
まさか登山道で人一人がハマる罠を造った?
「マジかよ」
雨は乱暴に頬を叩いているし、身体は容赦なく沈む。視界は、もうゼロに等しかった。
「ああ、もうダメだ」
完璧にお地蔵さん。身動きが効かなくなっている。
「た、助けて」
周囲には他の登山客は存在していなくても、助けを求めえしまうのがヒトの習性らしい。
「なっ」
すぽっ。洋次は地下に吸収された。命綱を求め地表でもがいていた手先も埋没する。つまり、全身地面の中だ。
「光? お、オルキア?」
地中で発言は不可能だから、〝もし〟しゃべったら、ってセリフがこれだ。身体がナニか、侵食している不気味な感触がある。
「うわっぷ」
熱い。あつい。アツイ。ATUI。
焼ける、灼ける、焦げてしまう。
強引に脳内に侵入されている。身体が焦げて遺伝子の一個単位から書き変わる現象があるとしたら、まさにこれだ。
「助け、て」
でも濃厚なミルクと底なしの罠に堕ちていて脱出は無理。
微弱な抵抗も虚しく、どんどん犯されている身体、脳髄。
「一、二、三ってなんだよ。まるで言葉遊びだぞ。こんにちは(アウエテ)、さようなら(シド)? 人生にサヨナラしちゃうよぉ。容赦ない無数のレーザーの照射が全身を焼き尽くしている。これでコゲニンゲンにならないのが不思議なくらいだ。バナト? わる……? 身体の隅々にまで、ナニかが浸透しているけどなんだよ、これ。小さな、小学生くらいの女の子のイメージが脳内を通過する。しかも独りじゃないし。
はぁ? 小学生女子の次は、洋次と同年代っぽい女子のイメージ。なんだか厳しそうな顔立ちって一瞬だからワケわからない。霧って見えてんの? 天然スクリーン? その次は細身の、誰? 上品そうな女性。なんだ、もしかして人生の回顧的な走馬灯かよ」
そして、やっと一言。
「俺の身体に目ぇ、どうなっているんだよ」
まるで全五十二話のドラマのダイジェストを十秒で拝見したような乱暴な脳髄イメージだった。
強烈な刺激の後遺症なんだろうか、それとも一時的でも埋葬されたショックか。身体の操作性が悪い。
肘でハイハイして穴から抜け出した。
「っぷ。底なし沼を通過、なんてアリかよ」
でもさっきは埋没。現在はなんとか土下座状態でも地上に存在を感じている。
「はぁ助かったぁ」
底なし沼でミイラ化は回避したらしい。でも視界は相変わらず濃密な白。
「あんまりこの場に留まっていると」
またズボッと穴に落ちる恐れがある。移動する必要があるけど、どの方向に行くべきだろう。
「一回埋蔵されちゃったから下山路がわからないぞ」
視界が効かないから耳を澄ます。現在の正面からかすかな音が聞こえたような聞こえなかったような。
「なんだか重金属音だな」
ノリ気しないので方向転換。
「ん?」
きゃーって女の子の声だ。そりゃもう、ナニを置いてもこっちに向かうべきじゃないか。
「えーっと今助けますよぉって、できれば俺も助けて欲しいんですけど」
虫が良すぎる。
〝きゃー〟が果たして正確に女の子が発したのか。そしてそれがどんな理由で。
勢いをつけて立ち上がった前進は、半歩で終了した。
障害物に阻まれたのだ。
「でも柔らかいな」
もふもふしている。身体の動きも突然効くようになった、かも。
「ああ!」
どうしてなんだ。さっきまで視力を奪っていた濃厚な霧から一転して、世界は真っ暗なんだだろう。
「あ~!」
ソプラノが心地よい。でも、誰か洋次と一緒に下山していた女性なんて居なかったぞ。
「大丈夫ですか?」
不思議に柔らかい黒い壁に包まれている。どうしてだか柔らかい黒い壁は微細動しながら大きく上下する。なんて奇跡的な現象だろう。
「そして、この吸着力」
壁が揺れているから視線を上げると、おやおや金髪の山ギャルちゃんじゃないか。
つまり、瞬間移動のように女の子の特大の胸に埋もれていた。黒い壁はなんてことない、彼女の衣服だった。問題解明だ。
「い、い、いつまで」
ブルブルブル。金髪の山ギャルはテクニカルに微細動をしている。新規の問題勃発だ。
「あれ? 霧が晴れた」
言うべきセリフはそうじゃないだろ。
当然、するべきリアクションも、だ。洋次はまだ半身地面にくっついた姿勢で、金髪の女の子と正面密着していた。ふらついた姿勢とか背丈が、旨すぎる具合に崇高な連山の谷間に吸い込まれて……。
「いつまで胸に顔埋めているのよ!」
連山が雪崩。じゃなくて洋次は金髪ちゃんの右アッパーで吹き飛んでいた。女の子の胸の谷間に長すぎる滞在、あるいは山のアタックに失敗すれば、こんなリスクは当然だろう。
たまに道路で目撃する車に跳ね飛ばされた小動物の残骸も、こんな感じだ。洋次は、再び地面と背中合わせになる。右の強打に続いて左、または右連打をお見舞いしていれば、マジ生命の危機だった。いや、半回転しただけで助かった。
「か?」
まさか突風でも吹いたのか。
でも強打に半回転した洋次の身体は刹那空中で停止、大減速してから背中が地面に激突した。ブレーキの分、致命打は回避したんじゃないのか?
「なぜ?」
さすがに濃厚すぎる場面だ。霧に包まれてから超常的な脳髄への侵入と剛柔のダブル衝撃に素手攻撃。そして緊急ブレーキ。
「あ、無理。限界っす」
もう一度視界も意識も暗黒化。大の字ってより卍のポーズで機能停止してしまった。