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29 なろう、モンスターの歯医者さんに

 カツン。メアリーが一歩踏み込んだ靴音がした。カミーラはチラッと横目でメアリーに目配せすると、呪文で封印されたみいたいに直立の待機姿勢に戻っていた。


「お嬢様に代わり、家令代行も兼務致しますメアリーが説明致します。宜し?」


「是非お願いします」


 微かだけどまた、靴が鳴る。


「我があるじ。ワルキュラ・カミーラ様など、王国より貴族に列せられている吸血族は成人の儀式として、〝稀人〟を吸血の嚆矢とする習わしになっています。ですから、その」


「俺が選定されました、と。そりゃ稀に現れるから稀人だから、選り好みは」


「できませんでした」


 的確に急所を打ち抜くボディブローだ。


「で、付け歯の理由は?」


「申し訳ございません」


 カミーラが俯いてメアリーが消えたって間違えそうなくらい深々と頭を下げた。


「昨日の願い通り、この儀は内密に」


「いや、喋らないように心がけます、とっくに約束したし」


「洋次様、感謝します」


「洋次だったり、様だったりねぇ。で、悪いんだけど、付け歯した理由を教えて欲しいんだ」


「それは」


「イジメるつもりじゃないんだよ。その、俺が稀人だろうがなかろうが、この土地オルキアで生活する目的と目標として知りたいんだ」


「な、ならば」


 ご主人様であるカミーラは、一度だけ小さく、でも明瞭に頷いた。


「成人の儀式は、相手儀式の何たるかを知らせないで実行します」


「説明をさせるのとさせないのでは、確かに反応が違うな」


「そうですね。また儀式ではお嬢様がご自分の歯や牙を立てて吸血する必要があります。ですから、例えば針や小刀で流れる血潮を飲んでも成立しません」


「付け歯はいいの?」


「それは、その。付け爪などが護身用に許されております、の、で」


「拡大解釈ねって、そこで泣くところ?」


 メアリーのエメラルドグリーンの瞳から、ボロっと落涙。

 マズイな。女の子は泣きの連鎖しやすいんだ。これは、小中の修学旅行なんかで体験済み。クラスで一人泣き始めると、ほとんど涙の量産体制になる。そんなグチを教師から聞いたことがあった。


「な、なんで私に無用な八重歯があるのに、お、お嬢様は真っ平らな歯なんで、し、しょうか」


 ああ。メアリーの舌噛みは、ある種のコンプレックスなんだね。


「あ、あのさ」


 無作法を叱る相手が泣きモード突入していたので、洋次はテーブルで腕組みして悲劇のダブルヒロインを傍観する事態になっていた。


「いいかな、カミーラ。メアリー?」


「ああ」

「申し訳ございません、お嬢様と稀人の面前で」


「いや、その件については時間を掛けてお詫びと解決するから。で、ここから本題」


 ほほぅ。

 短期間は感情の荒波に揉まれたカミーラとメアリーの主従だけど、立ち直りもお見事だ。

 カミーラは居住まいを正してテーブルに用意されているナプキンで涙を拭う。

 メアリーはメイドの鑑。自分の身繕いは涙を指の腹で拭い一度スカートを叩いただけで、カミーラの襟元とかを修正している。男の、庶民の洋次には、どの部分が乱れたのか指摘できないほどのカバーだった。


「俺は、普通の高校生です。でも、地球の科学がバナトより、少しだけ濃厚で豊富なようです」


「はい」

 美少女過ぎる二つの首が前後した。


 そんな二人に比べて、洋次は〝役立たず〟な自分を確認してしまう。でも、カミサマは洋次に小さなスキマを残してくれていた。


 メアリーは、八重歯のせいか、時々噛む。


 カミーラは吸血族でありながら、健康優良の標本に推薦したいほどフラットな美歯。この美しい配列では、カミーラは願った吸血が実行できない。血を吸えないと成人の儀式が完了しないので、先代(お父さん)の領地を継げない。



「最初は自分の立場とか全然理解していなかったから、ご迷惑かけました」


 今度は洋次が頭を下げた。メアリーのマネで一瞬消えるくらい頭を下げるアイデアもあったんだけど、それには椅子を引く必要があるし、音を立てるのは違反だから断念。


「稀人ってだけで、ブランドイメージが、どれだけ地元の皆さんを不安にさせたのか、ちょっと身体に叩き込まれました。ですから、サラージュだけじゃなくて、オルキアに存在しない仕事をします」


「それはなんですか?」

 小首を傾けるカミーラ。

 メアリーは。メアリーは、どうかこのサラージュに残留居住して下さいと訴えている、気がした。


「俺がする仕事は、トマ氏やドノバン氏の会話で確認しましたからですから大丈夫です。地球の科学の知識を使って板橋洋次、このオルキア王国の、いやサラージュで生活するために決心をしたんです」


「決心」

 と不安そうなメアリー。


「けっしん」

 少しワクワク顔のカミーラ。


 おかしすぎるよ。だって昨日まで、板橋洋次おれ、どこにも居場所なかったくせに。

 カミーラは、頼もしそう見つめている。メアリーは、地元の人と衝突しない開業をする、プラス居住する発言に安堵の色が伺える。


「なろう、モンスターの歯医者さんに」




 やっとタイトルに追いつきました。


 これから、本格的に始まります。


 と。


 思います。



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