26 カミーラちゃんて。その、ふんわりポヨポヨしていて
仮の居室は丸太小屋のことだった。
「うわっ。このシャツ、袖にフリルついてるんだ」
メアリーが丸太小屋の戸口で待っているし、男の着替えは秒単位で完了します。
「こちらに。急いで」
メアリーが用意していた衣服は、一言で執事スタイルの黒服。ただし蝶タイがないから、略式の礼装の可能性もある。どっちにしても詳しい説明がないのですけど。
「で、お城本丸に初入場か」
スタスタスタ。
洋次の軽い驚嘆や呟きは全然省みられない。メアリーは、自力で追跡しろとばかりに無言のままだ。
「ねぇメアリー」
スタスタスタ。
何度か階段を上り、携帯より重量感に満ちた金属製の鍵で扉も開けた。最初の数秒でサギ小屋日本人の語る家のレベルを粉砕しているぞ、この城。
「こちらでお控えください。お嬢様がいらっしゃりますから」
「ああ、やっと到着」
この空間が日本式のお城だと本丸じゃないかって区間だった。
長い長い通路。そもそもその通路が洋次の家を覆い尽くしてしまいそうな通路の、根拠はないけど真ん中辺り。
ある豪奢な扉の前で洋次の冒険は一時終了した。
「うわっ。俺の高校の体育館より広い」
そんな部屋に、テレビとかアニメだけの存在だと思っていた十メートル単位のテーブルが庶民を待ち構えていた。このテーブルに襲われたら、命はないなって。どんな妄想しているんだか、この洋次。
「こちらの席です」
扉の手前側に誘導するメアリー。当然、部屋の奥は上席、カミーラが座る場所のハズだ。
一目で洋次側と奥の席の装飾座り心地の差別化は歴然としていた。
「着席時音を立てませんように」
「メアリー冷静だね」
でも無理もない。洋次には未体験な領主の居住空間も、メアリーには毎日の仕事場なんだから。
「席に」
「こりゃどうも」
洋次の着席と同時に、メアリーも退場する。奥の席の脇に小さな扉があって、そこに消えたのだ。
「あの奥にカミーラちゃんが待っているのかな」
カミーラのイメージが沸かない。接している時間とか、事件性の濃淡があるせいだろうか。
「カミーラちゃんて。その、ふんわりポヨポヨしていて」
吸血するために首を抱きしめられて、ひゃっほーーーな記憶が居座って、肝心のカミーラの記憶が薄い。
「確か、髪の毛がメアリーの金髪と違って銀色で」
「お嬢様」
「それから瞳は、沖縄顔負けのマリンブルーで」
「お嬢様」
「それから」
印象じゃなくてご本人が目の前に、いた。
「洋次、このドレス、どうです?」
「お嬢様」
洋次の文字通り目と鼻の先にカミーラの満開の笑顔が咲いていた。で、メアリーが高速で追跡している理由はなんだろう。
「お嬢様、いけません。殿方と案内なしにご自分で歩み寄るなど」
「ああ、そんな規則なんだ?」
そして、どちらがKY。洋次、メアリー、カミーラ?
「このドレスはお誕生日会以来です」
ひらひらと水槽を泳ぐ熱帯魚みたいに身体を何回も捻るカミーラ。そんなに、ドレスを褒めて欲しいんだろうか。
「お嬢様。いけません」
「ええっと?」
「似合いますか。ようじは好きですか。貴方の世界では、こんなドレスが好かれてますか?」
受け取りようによっては。プチハッピーな修羅場かもね、これは。でも、貴族とか伯爵令嬢としては失格な行動だったらしい。
「あ、痛そう」
メアリーはそりゃもうピシャリとカミーラの手の甲を胸に挿していた小型の扇子で叩いた。そしてトドメの一言。
「お控えを」




