239 なろう、モンスターの歯医者さんに
心を。
閉ざしたのだろうか。
何度も何度も洋次が求めても、キコローの返信がない。
「学生さん。あまり山道でキョロキョロしないで。そりゃ御神木に見とれるのはわからんでもないですが」
「御神木?」
「あれ、あちらをご覧じゃなかった。そりゃ悪い」
山小屋からの応援スタッフは、ちょっと待ってと部長を載せた担架を停めて、顔や首筋の汗を拭う。
「ほら、麓に神社が、鳥居とか見えるでしょう?」
「そうかな?」
陶器の瓦や金属製じゃない屋根が見えるけど、それだけで神社と断言できるほど洋次は寺マイラー神社マイラーじゃない。
「桧皮葺も屋根が、この山の神様、龍神様のお社ですよ」
「龍神、様?」
「あれ板橋君はここがパワースポットだって知らなかった? ここの龍神様にお参りするのが登山会の目的の一つだったのに」
二年女子先輩部員が補足してくれた。
「そうなんですか」
貴方はまだ到着していない私たち、未熟な稀人を見守ってくれていたんですね。
(ふむ。きっと汝はニホンとオルキアを行き来致す余の良き同胞に成る若人だと願っておったぞ。然と勉学を修めよ)
わかりました。
洋次は頷いた。
ねぇキコロー卿。最後につまらない言葉、いいですか?
(構わぬが)
はい。
大きく息を吸い込んで洋次は語る。
メアリーは三人、四人と精霊に囲まれて見落としていたけど、北風です。バンシーを不幸の風と呼んでいました。
(ふむ。そんなこともあったかも、な)
北風はつめたくて、そりゃその厳しさに耐えられない時もあるけど、でも春が来る印でもあるんですね。
「そうだよ」
「バンシー」
洋次は全身が凍りづけになるんじゃないかって冷たさでも微笑む。
「ねによ、また南極の風ぇ?」
襟を立てて身震いする部員たち。
「どした板橋。早く下山しようぜ」
なんて外野の声は無視、ムシ。
「そっか。バンシー、でもここはチキュウだから、サラージュで待っててね」
洋次一人が御神木と、その幹に寄りかかっているバンシーとテレパシー会話中。
「大丈夫?」
「バンシーがいなくても、板橋洋次は頑張るからさ」
「うん。じゃあね」
この一言で、ふっとバンシーの気配は消えた。
(ささ。言いたき事有れば申せ。もう間がない。仲間も空腹且つ疲弊している模様)
はい。
板橋洋次は決意する。
きっとしっかり勉強して歯科医獣医師、可能ならば素材なんかも勉強して、サラージュ・オルキアだけじゃなくバナト大陸を変えよう。
そして〝帰るんだ〟。サラージュに。
例えフンダが時空を操作してくれていても、一日でも早く帰りたい。
そして。
なろう、モンスターの歯医者さんに。
長々とお付き合い、
ありがとうございます。




