238 どこにいるんです、キコロー卿
「じゃあ、担架お借りします」
滑落現場では、さすがに危険なので微妙に移動。そのまま朝を迎えてから、卒業生と洋次が残留して山小屋に助けを求める。
医者や設備があるわけじゃない山小屋は、でも貴重な担架をレンタルしてくれた。これを交代制で担いで部長を山裾まで運ぶ。
部長の怪我も捻挫で生命の危険度がないから、これが一番の対処法なんだろう。
「じゃあ。ローテーションで交代するから」
「何かな何まで」
部長以下、総員でお辞儀を返す。
「ま、山では事故らないことだよ、行こう」
山小屋スタッフの号令で登山部一同は下山を開始する。
「板橋、どうした」
馴れ馴れしく肩を組む副部長。
「いえ」
アフターもビフォアもケアは完璧だとフンダは豪語した言葉に偽りは一ミリもなかった。
ハブられて山の中で埋もれて暮らしたいと願うきっかけになった事件の結末が逆転していたのだ。
洋次が所属していた山岳部のパーティは濃霧と降雨で遭難。洋次とバンシーの強冷風がなければ、もっと事故は拡大化していたかも、なのだ。
洋次の記憶では、無事故だったのに。
「これでいいのかな?」
ざくざく。洋次はリュックサックを背負い進む。
「あーーあー。板橋君だけだよね」
「ええ?」
太くて堅い白木の棒で殴られたかと錯覚するツッコミだ。
「色々無事なのがさ」
「ああ。〝それ〟か」
幸いに洋次は部員たちと離れていたから滑落の巻き添えにならなかった。プラス登山道で救助活動をした洋次以外の部員は全員、軽量化のためにテラスに荷物を廃棄していた。これは、斜面が凍った後も、危険だからと回収させないままだった。
二年の先輩が無事だと指摘したのは、そんな点なんだ。
「いいなぁ。お財布はキープだけどデジカメ、ロスだよ。お菓子とかも一緒だし」
命があってこその贅沢な願いだ。
「そうですか。でもその〝せい〟かな。重いんですよ」
「水はお配りしたペットボトルので我慢してね。あと」
山小屋からの救助要因がなだめる。
「朝昼でビスケット一枚なんて、無理くりダイエットだよぉ」
「ねえ。板橋……君。荷物に食料あるんじゃない。君、ロープとか準備怠りないし」
昨日は理想的な醜態を演じたOGが言うんだな、これが。
「待って下さい」
洋次はリュックを下ろして、中身を探る。
「ああ……?」
ステックタイプの干し肉が詰まっていた。
これは、チキュウでの洋次の荷物では、決してない。
「わーー。助かるーー」
どうして。
なんて無意味な疑問質問だろう。
「決まっているじゃないか。キコロー卿がメアリーに指示したんだ」
「はにふつふず?」
「先輩、干し肉しゃぶりるんなら黙ってて下さい」
まるで、この結末を予測したように、干し肉は応援の山小屋スタッフを合算した人数分掛ける枚数が忍ばされていた。
「でも、昨日オルキアの衣装とチェンジした時には?」
くだらない考えは止そう。
キコローやフンダならば、干し肉を瞬間移動するくらい朝飯前のはずなんだから。
「んで、まだ重いけど?」
そもそも干し肉は、超ヘビーなアイテムじゃない。
「どした、自分の分は食えよ」
「いえ……」
ずっしりとした重量感は、疲労からじゃない。
「金の延べ棒だ……」
誰だろう。
でも、洋次の周囲で貴金属に不自由しないキャラは……。
「キコロー卿」
洋次はリュックサックに深々と頭を垂れた。
確かに洋次はチキュウで正式な歯科医獣医師の勉強をすると決心した。
でも、それって、相当な金額、授業料以外の諸費用がトンでもなく必要なんだ。少なくて洋次の家庭レベルでは。
「これ、先行投資と治療費の前払いとして預かります」
そう呟いた洋次の耳元に微かな風が吹いた。
とても冷たく、でもくすぐったさが心地よい。
「〝風の便り〟だ」
(そうだよ、青い稀人)
キコローの声がした。きっと洋次にだけ聞こえる囁きが。
(待っておるぞ。きっと令嬢も、家令補佐も)
でも、キコロー卿。どこに、いらっしゃるんですか?
(どこ? これは異な文言を)
そうは言っても。
洋次は周囲を検索する。
もしかしたらフンダと同じで、キコローも異世界に転移していたるして。
どこに、声は届いているんです。どこにいるんです、キコロー卿。




