237 俺様は一番アフターケアも、ビフォアーケアも完璧な精霊だぜ
五月──日。
それは、洋次が部長と対立して一人濃霧に取り残された日だった。
もちろん。
一年カレンダーが回ったんだと結論づけしようともした。でも、それならば部長は卒業。OBであって部長じゃない。
つ・ま・り・。
「ありがとね」
脳内走馬灯が大河ドラマ十作くらいを五秒で放送したってくらいの目眩。卒倒したいところを洋次は我慢していたから、この声かけはマジ助かった。
「板橋君が正しかったね」
そう言い捨ててロープを伝わる一年の女子部員、某。
「でも、これ大丈夫か?」
副部長が、ここに来て反論する。
「とうちゃーーーーく!」
一番手が登山道に戻れた。
「自力で登れない部長は、助けを呼ぶしかないでしょうね」
「「おい」」
部長副部長がハモっても全然美しいハーモニーにならなかった。
「私も残りますよ。でも最低一人登山道に戻れたから、夜が開けたら助けを呼べます」
「おい、それじゃあ」
「もう一度二次災害なんて許されるわけないでしょう」
「板橋」
「一日ならば、飲み食い我慢しましょう。再度全員がテラスに取り残されたら全滅しますよ」
「すまん」
全身の操り糸が切らたように部長が首を落とした。
それは。
洋次には、ざまあな瞬間だったのかも知れない。
でもニセモノでもモンスターの歯医者さんとして医療行為を施した洋次には、助けるべき存在を嘲笑う隙間はなかった。
まずは女子から。
洋次のロープのおかげで、テラスには部長とOB・OG数人だけが残留していた。
「ロープ、もつのか?」
「じゃあ卒業生でもレディファーストだからね」
私生活ではフリーターらしい先輩がロープを強引に握る。
「ってか、先輩年上ですよね」
「だからレディファーストだって」
おなじレディでも、違いすぎるよな。
「大丈夫か、さっきよりグラグラしてね?」
「あのですね」
これじゃあリアル『蜘蛛の糸』。心細くなっているロープをめぐって低レベルな争いが勃発する気配じゃないか。
「サブ」
「冷たてぇ」「きゃあああ」
まるで氷河期のブリザードか、冬将軍の宣戦布告の合図。
体感マイナス何度って突風が吹き荒れた。
「落ち着いて。今、多分初夏ですから。落ち着いて」
「いやだよぉ」
「助けて」
「落ち着けって!」
ブリザードは数秒で収まった。
「寒かったぁ」
「ロープ持つでが、悴んじゃってぇ」
どうして、ありえないくらいの超常冷風が襲来したんだろう。しかも数秒の限定で。
でもサラージュにずっといた洋次には無意識に、冷風を生産した犯人を口ずさんでいた。
「おいバン……」
バンシー。
オルキア・サラージュ時間で昨日幼生体から少女に急成長した北風の精霊だ。ナゼだか、洋次がオキニで、よく側にいたっけ。
「あ! ああ!」
突風は、幾つもの副産物と置き土産を残していた。
月が見える。視界が利くから、濃霧が吹き飛ばされたんだ。
「ぶ、部長。板橋、し、しゃ、斜面が」
「斜面?」
OBの叫ぶに、洋次も追従するべきだろうか。
「斜面が固まった」
これなら、健康な部員ならロープなしで登れる。
足を挫いた部長は、予告通り洋次が肩を組んでロープを命綱にすれば登れるだろう。
「これなら足場が安定してるから」
勝手に登るOG。
「お前なぁ」「先輩」
付き従う卒業生部員たち。
当然、テラスに残っているキャラは?
「板橋」
「部長、登りましょう」
ロープを使用しても足場が滑って視界最悪のときは一人数分を必要としていた。でも、マイナス温度の突風が斜面を凍らせたら、秒殺。そんなもんだ。
「腰にロープ巻いて下さい」
「ああ。お前が」
あの時。
洋次は濃霧と雨天時に移動する危険を訴えて、一人その場に釘付け残留をした。
そして──部長たちは何事もなく山小屋で夕食を平らげていたハズなのに──?
「行きましょう。皆が待ってる」
「お前が」
「喋らないで。体力を温存する場面ですよ」
もう。洋次が正しいとか正しくないなんて無意味だ。
でも。
ふと、感じずにはいられない。
思い部長を担ぎながら、洋次は振り返った。
フンダが。時空の扉の精霊が夜の闇に紛れてテラスから洋次を仰いでいる。どうやらフンダはずっと洋次の側にいて、誰も気づかなかったらしい。
「しっかりな。俺様は一番アフターケアも、ビフォアーケアも完璧な精霊だぜ」
短くて太い前足でバイバイをするフンダ。
「どうしたんだ。板橋……君」
部長の細い声に、また前向きになる洋次。
「なんでもありませんよ」
洋次は登った。
そして部長は重かったけど。




