235 チキュウにイク?
「き、キコロー卿」
段々と更けていくサラージュの空。そんな色を失った場面でも、このコエとキャラは間違えない。
サラージュに稀人審議官、そして代官職よりも上位に高権限で統治する取締官に就任しているキコロー卿がやって来たのだ。
「おや。まだ生きていたかい?」
「貴殿こそな、フンダ」
権限をたくさんぶら下げてサラージュにやって来たキコローと時空の扉の妖精、フンダは顔見知りらしい。
「まあ自己評価を電子顕微鏡のように拡大化しておるが、まあまあこの黒ちゃぶ台の言質は間違っておらぬよ、洋次」
「おいおい、今時〝ちゃぶ台〟なんて、ナウいヤングは知らないぞ」
なんだ、この会話。
「あの、ちょちょっと待って下さい」
「フンダよ。言わぬ事か。青臭く尖った洋次が混乱しておる」
「ふん。お前さんに最新のチキュウのお笑いなんて難しかったかね?」
だからーーーー。
「洋次。くどいが、このフンダの説明、大筋では正しいのだ。貴殿が、〝いんぷらんと〟とやらをカミーラに施す心づもりならば、躊躇わずにチキュウに帰り給え」
「でも、最低六年」
それは、カミーラにとって致命的。砂時計の砂が落ちきって、もう沈黙してしまっているだろう。
「「洋次」」
右と左。
それぞれの肩にキコローとフンダの手が載せられた。
「貴殿自身がカミーラに成人の儀式を執り行ないたいならば」
「俺様、フンダに任せな」
「でも」
ふわぁん。
「な、なんですかこれ」
視界が突然遮られた。これでは、ナニも見えない。
「じゃなくて、こ……れ、霧?」
それは不意打ちにしても突然過ぎた。
「そうだよ洋次。汝が決心したのならば、是非もなし、だろう」
視界ゼロの濃厚な乳白色のセカイでキコローの声が木霊する。
「任せな。行きも帰りも霧の中も、オツじゃないか」
これは巨大がま口のフンダ。時空の扉の妖精だと……。
「まさか、これが異世界転移の?」
「そうさ、俺様が洋次。お前さんをオルキアに招待したんだ。会話に不自由しないチートつきでな」
「そんな」
そうだ。
洋次は異世界転移の直後から第一サラージュ人のメアリーとペラペラ会話をしていた。それは、どんな秘密設定なんだと不思議だったんだ。
「おいおい。まさか贈物なしに、〝なんでだかオルキア語がペラペラ〟だったと思っていないだろうな?」
むっくりとジャッキアップしているフンダ。もしかして怒ってる?
「じゃあ」
「俺様は美しすぎる時空の扉の妖精、フンダさ。だから美しく控え目に洋次。お前さんにチートをプレゼントしていたってワケさ」
全てに自慢が混じるフンダに、高級公務員のキコローもやや閉口しているような。
「もちろん正規の歯医者の術を会得するのは決して安易な道ではない。でも貴殿ならば、必ずや叶う」
「フンダ。キコロー卿……」
視界がどんどん悪くなって行く。
乳白色の空間から、自分の手足すら確認できない闇が支配している。
「それでは、な」
「それじゃあ扉は開いたままにするぜ」
「でも、挨拶を。カミーラやメアリー」
それにコダチ、アン、ホーローやランス、レーム……。
サラージュ住民だけじゃない。コンラッドにはとても良くしてもらったし、ペネやフラカラ。ミーナやプラム夫人だってお別れくらい、したかった。
「やや。先程急いで侍女から貴殿がオルキアに持参した衣服を整えさせた。チキュウに戻ったなら早う着替えるのが良いであろう」
「その衣服。スれた執事みないだぜ。じゃあ、いこう」
もう。
もうキコローやフンダの声しか聞こえない。影も形も感じられない。
「転移が完結したら、着替えるのだぞ。素早く」
それがキコローの〝餞〟らしい。
「待って」
あまりに突然の転移に、唯洋次は待ったをした。
腕を伸ばして強制イベントの遅延を願った。
その手だ。




