229 治療だよ
「あ、あれ?」
分隊員の中に、昨日感動の涙でティシュ大箱二個ってエルフがいた。
正式に紹介されてないけど、メアリーの兄様と親戚だとキコローは値踏み──ナンの? してた。
「あれあれ?」
慌てて周囲を見渡す。兵隊さんたちとは、そんなに離れていない場所でシロアリ人たちと復興の打ち合わせをしているメアリーを発見。食い荒らされたおかげで、視界抜群なのが幸いした。
「メアリー、メアリー」
「洋次卿。ず随分とお早いご起床ですね」
カミながら軽い皮肉を混ぜる家令補佐も兼任しているナイスバディ美少女メイド。
「ああ、そうじゃなくて、いいの?」
「お話の要点が見えません。朝食ならば、もう少しお待ち頂け、あっ」
ぐわっ。
メアリーの細い両肩を鷲掴みして揺らした。当然、肩よりやや低い位置にある高い連山が大揺れする。
「ああ、ん。なんだか邪な」
ちらっと。ちらっとメアリーのお胸が揺れたのを確認したのがバレました。
「じゃない。お兄さんが行っちゃうよ」
ああ。なんで、ワザワザこんなセリフ、言ってんだろう。
自分の内心では、一ラウンドでノックアウトしちゃいそうなくらいのツッコミチョップが連打している。
「兄と又従兄ですか、よくご存知で」
「それは」
ニヤニヤ小馬鹿にされながらキコローが教えてくれた。そんな伏線は秘密、ヒ・ミ・ツ・。
「お互いの本業に戻るだけです。再会を祝すのは一度で充分」
そして、またテミータと打ち合わせにもどろうとする。涙をこらえたりヤセ──全然ヤセてないけど、我慢している気配もない。
「そんなもんなの? だってお兄さんはともかく、又従兄さんは、その」
真実エルフから町エルフに。そして生き別れになる兄と幼馴染の親戚。大きくなったらお前を嫁にするくらいの約束があっても不思議じゃないから。
で、幼馴染とかは洋次の妄想ですから。
「二人共元気で安心しました。それに、どこで働いているかそれぞれが知るなんて、有難いです」
「それだけ?」
「洋次卿? 何をお企みですか?」
言葉尻に、んもぅイヤらしいと付け足しそうな勢いのメアリー。
「いや」
企んではいない。ただ、アセって心配したのだ。メアリーが兄親戚と一緒に何処かに旅立ってしまうのじゃないかと。難問続出のサラージュは、経済も次期当主カミーラの成人の儀式未遂行も弾き飛ばしてしまえそうなくらい前途が明るい。
もう、メイドと侍女と家令補佐なんて重責をメアリーが一人で背負わなくても済みそうなんだから。
そうなったら、洋次はヴァンの妻に収まるカミーラに独りお使えする事態になる。
しかも未熟なモンスターの歯医者さんとして。
「そっかぁ」
目覚めからハイスピードでイベントが発生している。稀人洋次にとっては、まだ油断ならないイベントの一つはどうしたんだろう。
「あ、あのさ。カミーラ」
「ヴァン殿下を領地境までお見送りされています。本来なら私も同行すべきなのですが、復興支援を優先するようとのお言葉でした」
「ああ、そう」
なんだか。このままヴァンとカミーラの将来は決定しました感が激ヤバいくらいだ。
「ええっと」
「そうそう、洋次卿」
ちょっと洋次が唇を尖らせたらキスしちゃう間隔にメアリーの整った美少女すぎる顔。
「うわっ」
どうしてこの超美少女メイドはステルス戦闘機を炙りだせるくらいの警戒心と油断のお手本を行き来するんだろう。また洋次の鼻先にいいにほいとふわりとしたメアリーのサラサラ髪の感触が伝わる。
「どうしました。ああの、ですね。診療を実施する尖塔ですけど」
「ああ、危ないからって青空ベットだったからな」
シロアリ人が、囓りまくって穴だらけだ。マジにいつ崩壊するかわからない。
「このまま穴埋めなどの資材にします。後日新しい尖塔を構築する予定だとノゥ陛下からのお言葉です」
ドキドキドキドキ
「ああ、そうなんだ」
ドキドキドキドキ。
「洋次卿。お具合が?」
「ああ、なんでもないから」
離脱する。そうじゃいと心臓が爆発するか。
「洋次。治療だよ、患者さん」
「ああ。了解したよ、バンシー。だからさ」
目を回して卒倒しそうなバンシーの動き。洋次の周辺、特に目の当たりをぐるぐる回転するから、どんだけの猛スピードなんだろう。
「じゃあ診察しましょうね」
黙々と原隊。本来所属する城塞に移動しているバイア分隊をもう一度見送る洋次。
「へいたいさーーん」
「ありがとーー」
さすがに地元民のサヨナラには笑顔が返っているけど、基本は無表情。これはメアリーのお兄さんとご親戚も同じ。
「有難う」
洋次はバイアとメアリーの兄君、親戚を見送った。




