228 静々と
ミキサーとか歯ブラシに練乳。
色々な開発をして、でも案外自分が非力で無力だと自覚してしまったり、そんな事より、テミータと大バトルして生き延びてやれやれとか。
これから自分がサラージュでナニが出来るだろう。
どうすればいいんだろう。
「洋次、起きて」
なんだ、寝ていたのかと思った。
てっきり微睡んでいるだけだと。
「ああ。身体中あちこち痛いよ」
「朝だよ。起きないとまた、カチカチだよ」
北風の精霊バンシーが怒るとマイナス気温の冷風が吹き荒れる。
「ってさあ。バンシー。一応十代のオンナの子に成長したんだから、殿方の寝室に」
「寝室ってどこ?」
さて、ここはどこ?
「ああ」
半身だけ起動させる。そして周囲を検索。
「まだ東の空も白んでいるじゃないか」
ああ。そうだ。洋次は青空寝室。テントも張ってないで就寝している被災者状態なのだ。
「しかし」
昨日まで寝泊りして、歯医者の診療所や診察治療道具を保管していたレンタル尖塔。
「ピザの斜塔も裸足で逃げるな、これ」
仕方がない。暴走テミータの優先的な攻撃目標になっていたんだから。
「よくもまあ倒れなかったよな」
外国アニメなどの穴だらけのチーズを立てたイメージ。もしくは穴だらけのスーパージャンボ竹輪。
これでは危なくて尖塔で寝泊りは不許可だ。
「じゃわぁあぁぁ」
あくびと掛け声を混ぜたいい加減な寝起きに喝が入る。
「さぶっ」
良い子が知らなくていいセカイではない。バンシーがマイナス気温の突風をお見舞いしたのだ。
「さあて」
サラージュ城内のあちこりでも、青空で迎えたワイルドな一日が始まりつつある。
「分隊長。荷馬車の修繕、物資の積み込む、終了しました」
立ち姿でファイルに書き物をしているマラム城塞守備隊からの派遣分隊の責任者、バイア中尉。
「うむ。しばし待て。間も無く報告書が仕上がる」
「これは失礼仕りまして」
意外な印象もあるかも。でも、軍人は同時に事務処理も遂行しなければならない。ただ闇雲に目の前の障害物と戦えば事足りるものじゃない。
『何時どこでどんな理由で、どんな勢力と戦闘に至ったのか。双方の損害と消耗した物品物資。経過した時間』
こと細かい記録を残して上層部に提出する必要義務があるのだ。
「では、このまま城塞に帰投しても問題ないな」
「は」
極寒は大袈裟だけど冬季は寒さが厳しいマラム地方。でも懐かしい我が家でもある。
エルフ見習い兵を除いてハツラツとした返答が木霊する。
「このままでは大問題だろうてバイア」
慎重に比例してコンパスが大きいのか、どこに隠れていたのかいなかったのか、前触れなくあっという間に登場したキコロー取締官。
「こちらに」
中央政府の準閣僚席でもあるキコローは、慇懃に革製のファイルを差し出す。
「此方に、此度の顛末とバイア〝大尉〟。貴殿以下、分隊が如何に状況を的確に判断しサラージュを筆頭に多くの人命と財産を救助守護したかを認めた。これをザプンツゥアに熟読するよう申し伝えよ」
くどいけど、キコローはとても偉い。城塞守備隊司令官の准将クラスは呼び捨て、敬称略なのだ。
「これは、何から何まで」
恭しくファイルを受領するバイア。
「では、しゅっぱーーーつ」
当番兵の号令に分隊の総員が〝気を付け〟の姿勢をする。
「前進」
静々と。バイア分隊は、原隊のあるマラム城塞に帰投する。




