225 さらにニヤリと笑うキコロー
「ふむ」
「って、どうして子供みたいに私の頭をナデるんです? 取締官のお仕事中でしょう?」
「まあ余の役目は助言と意見具申で、決定権はレディカミーラやプラム夫人にある」
「で、会見の場を抜け出してナニしてるんです」
正直、ほっておいて欲しい。
「だから余の意見は、参考程度。この席はサラージュ、ハリス、カンコーとテミータが、それぞれ自力で悩み考え集う場である。故に実際、あまり存在価値がないのだよ」
「そうですか。でも、どうしてメアリーをドリーと呼んでいるんだろう」
「洋次。貴殿にはメアリーが生まれつきの町エルフではないと説明したはずだが」
「され、ましたか?」
されたような。
「幼少期の短い時間だが、確かにメアリーは真実エルフだった。そして、色々な事件や条件が重なって町エルフになった。恐らくドリーがトゥルーエルフの時期の名前。メアリーは町エルフとしてヒューマンの中で生活する際の改名だろう」
「そんな理由ですか」
こうしてオルキア王国内のエルフ事情を再確認した。講師は中央政府高官のキコロー卿。
「洋次。勘違いでなければ、貴殿。一層謎が深まった様子だが?」
「エルフ事情は理解しましたが、どうしておエライ公務員の貴方が、私の頭をナデナデしているんですか?」
おや。
どうして当たり前の質問をするんだと吐き出しそうな雰囲気のキコロー。
「つまりだな、致命的な恋敵の登場が稀人の繊細な」
「止めて下さい。キコロー閣下」
「おや。貴殿から口にして欲しい称号をこんな時に戴くとは。人生多少の困難はニンゲンを強く鍛えるもの哉」
「そんな」
そんな洋次も、エルフ三人が熱く固まる光景を直視していない。ガックリと頭を垂らして喋っている。
「まあ、一方は兄。そしてもう一方は血縁且つ幼馴染と読む。まだ逆転の手番はあるぞ」
「ですからぁ」
「まあ」
襟を整えながらって、そろそろ飽きないのか?
「三令嬢。おっと一人脱落するから二令嬢の高嶺の花を狙撃」
「うわっ」
洋次もキコローも。そして抱き合っていた三エルフもビックリな突風が巻き起こる。
「北風の精霊!」
「洋次。本業。本業」
空中にぷかりと浮かびながら、腰に手を当てる古典的なお怒りポーズのバンシー。コチたちと同じく、たった半日で五、六歳児からローティーンに急成長してしまいました。
「あのね、バンシー」
「洋次の本業は?」
「そりゃ」
洋次は、元々高校生だ。でも、当地ではモンスターの歯医者さんを名乗っている。
「ああ。そうか。炊き出しはアン。政治はキコローが」
洋次はモンスターの歯医者さんだ。で、現在はシロアリ人患者が大量に訪れているけど、困った事にオルキアの技術だとシロアリの義歯に相応しい素材がない。
歯垢を除去する以外は古風にシロアリの歯を別のシロアリに接着するのが主流になるのだ。
「そっか。可哀想だけど、亡くなったシロアリ人の歯を保存するべきなんだ」
しかも鮮度が落ちない内に。
「じゃあ、ノゥ新公王陛下にお願いを立てないと」
メアリーたちから視線を外して会談の場に足を向けた洋次。そして、またまたまた襟首を整えながら、キコローも稀人に続く。
「その件ならば、取締官の領域。任せよ」
身体中の血管が沸騰するくらいの大事件が収まっても、時間は容赦なく進んでいる。洋次は、立ち止まるヒマなんてないのだ。
サラージュが請求しない物的賠償の一環なのだろうか。
死亡したシロアリ人たちの遺骸の始末は、キコローの意見を参考に洋次が取り仕切る次第に決定した。
「そうだ。まず、この付近をもっともっと掘り下げよ」
「//ぴぃーー//」「いっす」
もう穴は開通している。だからキコローは、井戸のようにシロアリトンネルの深度を下げさせる指示をする。
「サラージュが穴だらけなんですよ。埋め戻さないで、掘るんですか?」
「如何にも、その通り。洋次、貴殿はチキュウの便利さに慣れているが、〝れいぞうこ〟のないサラージュでは、地下室や室がその役目を果たすのだ」
「冷蔵庫とか」
ヘタすれば洋次よりもチキュウやニホンに詳しいんじゃないのか、この公務員(キコロー卿)。
「深々度ならば冷暗所と同じ。それに」
「なんですか」
二メートル前後の身長のキコローが洋次の肩に腕をまわすと、そりゃマジ怖い。まるで古典的な漫画──マンガやコミックじゃなくて──の恐怖物の蛇男にとぐろ巻きで風前の灯状態ってところだ。
「ふふふふ。いやなに」
「だから、なんですか」
「いや、こうしてお互いの無事を確認しあっておるのだ。実際生きていることは、なんと素晴らしき哉」
「なんか映画のタイトルみたいですけど、なんかムダに意味深なんですけどーー」
蛇にぐるぐる巻きされている小鳥のイメージ。
こうなると、ヘラクレスや異世界小説のインフレチートの英雄でも洋次は救出不可能なんだけど。
「洋次。貴殿はテミータ語を巧みに操れぬ模様故、余が予めシロアリ人たちに下知した」
「げ、下知って命令ですよね?」
「如何にも。で、テミータたちの亡骸だが」
さらにニヤリと笑うキコロー。




