221 我が乙女
「なんだかさ」
「ああ。くれるのかな?」
ところ変わってランスの工房。
最後の砦、鍛冶場の竃を挟んでへたっている男女。
「あのさあコダチ」とは細工師のホーロー。身長が洋次やコダチよりも大きい女性だ。
「なんだよ、疲れててさ。食えないよ。ってか水欲しいな」答えたのはコダチ。この工房の息子であり、稀人企画のミキサー製作の責任者だ。
「さっきまで暴れてたシロアリが」
「ああ。テミータだろ。お前物事は正確に伝えろよ」
疲労困憊でも口喧嘩が耐えない、こんな二人は幼馴染なのだ。
「テミータが食べ物くれたから、決まりかな」
「なにが?」
「私たち、守ったんだよね。一緒に竈をさ」
「ああ」
ガクンと折れたコダチの首。
「ありがとうな。お前の工房は、どんななのかな?」
テミータの暴走で自分の家屋兼工房を襲撃されて逃走して、コダチのいる場所に細工師の乙女は逃げ込んでいたのだ。
「いや、それよりも大事なこと」
「ああ? この復興かい? 城に行かなきゃなあ」
「立てないくせに」
「お前だって、床にくっついて」
この後、キーキーと仲間同士の会話をしているテミータの声だけが耳に入る。
「ねぇ?」
「だからなんだよ」
「私、あんたに頼まれたんだよね。一緒に竃守ろうってさ」
「そうだな。ありがとう」
「じゃないよーー」
「だからなんだよ」
わらわらわらわら。
シロアリ人たちが出たり入ったりと大忙しの工房で、ほぼノックダウンしている男女がいた。
「フラカラ。フラカラ」
最恵待遇の調印や簡素な祝典もそろそろ後半。
宴も酣である。
「おお。入れ歯のお陰か、角で突いても足腰が砕けなんだ」
首に抱きついて号泣している一角獣フラカラ卿の被守護者であるペネ。正式にはハリス・ペンティンスカ。
「よかった。皆さんが無事で。貴方が無事で」
「おお。それよ。久々の戦場に身が焦がれるほどの熱気を感じたぞ」
一角獣と乙女は、セット価格。切っても切り離せない関係だ。
「ハリスを守るために、余はあらん限りの闘士をぶつけたわ」
「フラカラ」
お互いを気遣う感動的なシーンではある。でも、どこかズレているような、ズレてないような。
「さあ。戦勝に涙は不吉」
ぐぐっと主人である乙女ペネを押し出すフラカラ。
ペネが僅かに首から離れると、プイとそっぽを向いて一言。
「ふ、不本意ながら其方が頼るは、余に非ず。軽輩且つ頼りなき男であるが、夫以外に肌を預けるは不謹慎不貞である」
代官職のコンラッドとペネの婚姻はスターターの合図待ちってくらい先延ばしの連発だったそうだ。延期の元凶がフラカラ。ハリス家に乙女が不在になれば一角獣の存在意義が失われるからだ。
「そうでしたね」
「令嬢ペンティンスカ」
ハリス・サラージュ・カンコーの三者姉妹同盟をセッティングしていたメアリーが恭しく一角獣と乙女に歩み寄る。
「せっかくサラージュにハリス・カンコーの令嬢が集結したのです」
「おお。そうだな」
姫様より、肉弾戦が得意な戦士。そんな対応で、ミーナが笑う。
「思いっきりライジンを連打したけど、そもそも三家の姉妹契約を目論んでいたんだ」
「ええ」
一方のペネは、本当の令嬢タイプ。でも、人妻にシフトするのもカウントダウン状態なのだ。
「フラカラ」
とととと。
小刻みな歩幅で一角獣の許に忍び寄るペネ。
「ペンティンスカ」
真っ直ぐにお互いの視線を交わす。主従でもあり、一味同心、一心同体、お互いが半身でもあった乙女と一角獣。
「貴女が大人の女として旅立つのを、老馬の我儘が枷となり申し訳なく思う」
「いえ」
「だが安心致せ」
「そうだよ。ねぇカミちゃん」
「あ、あの?」
くどいけど令嬢より姉さん肌なミーナだ。まるでタッグを組んでバトルした戦友のようにカミーラと無理矢理肩を組んでいる。
「令嬢ミーナ」
「あら、ミーナちゃん」
「私たちがペネと姉妹の契りをするからさ、そうすればハリスに乙女が不在にならない。だったよね、稀人?」
「ああ」
シロアリ人の暴走でスッカラカンと忘れていた洋次だった。
「それじゃあ」
って、年寄りとケモノは、予定通り動いてくれない。で、フラカラはそのワガママ要素をダブルに兼ね備える厄介者だ。
「ペンティンスカ。安心致せ。そして、稀人。愚策であろうが、其方の絵図にノってやろう」
「そうですか。それなら」
ペネは安心してコンラッドと結婚できる。
そして、ハリス家と代官職の協力でサラージュは復興を加速する。
「我が乙女」
つかつか。




