22 今度は洋次の番、それだけだ
「おーーーい。俺を放置しないでよーーって?」
でも、イグはアンの影が荒れ地から消えても、微動だにしなくなっていた。
「どんだけイグ、お前さん危ないんだ?」
ポケットに食料一つ所持していない自分の準備不足が悔しかった。
「となると、これはアンが戻る前に要応急処置、かな。で、その前に接見診察と参りましょう」
何様ってツッコミはさておいて、恐る恐る地面に落ちていた棒でイグの歯茎を持ち上げる。
「れ? イグって肉食限定じゃないんだ」
トカゲは肉食。ペット化していてフルーツなんか食べる事例もあるけど、基本は肉食だと思っていた。でも、その感覚やイメージは地球式なんだね。
「前歯は鋭くない、多分」
肉食捕獲用の牙ではなくて、食材を抑えたり樹木の表皮を剥ぐ程度の威力だろう。
「だけど、奥歯は臼歯。人間と似た歯列なんだ。いやどちらかってば草食動物系」
こうなるとアンの帰投を待たないで第二段階に移行可能。
「音と動作で勘違いさせちゃ悪いから」
イグの視線から充分離れて、石の上に敷いた青草を小石で叩く。こうした軽作業はルーチンワーク、不用意に脳裏に昨日のイベントが蘇ってしまう。
「牙ねぇ。カミーラちゃんも、もっと強力な糊付けしておけば、血ドバッまでは成功したのに」
なんて無駄口を吐きながら石を叩く。目的は植物の汁を絞ること、草の繊維質を砕くこと、つまり草食動物用のお粥の作成だ。
老齢などでイグは歯で草を噛み砕けなくなっている。荒れ地に点在していた噛み砕き切れていない細木は、イグの仕業だろう。とすると栄養失調は単純に歯の脆弱化が原因になる。
「でも」
イグの衰弱が栄養失調ではなかったら、お手上げだ。洋次はどろぼうに続いてウソつきになってしまういてしまう。
「だからさ、イグ。助かれよ」
もちろん、そう簡単に事件は完了しない。
アンがやはり父親のニコを先頭に数人の男たちを同伴して戻ってきたのだ。
「あんたなぁ」
烈火とか沸騰と形容するとニコの表情が伝わりやすい。
そんな激怒を体現する状態でも再会即暴力しなかったのは次期領主の預かりの身分、稀人への遠慮なのかな。どっちにしても助かったけど。
「ウチの娘を焚付ないでくれ。ただでさえアンタ商売仇だ」
食べ物屋関係はもう起業しない。それは次期領主の美少女過ぎるメイドさん、メアリーにだけ伝えていた。
「でもね。まだ働けそうなトカゲ殺して可愛いお嬢さんを泣かせなくてもいいんじゃないか? 力仕事だけじゃなくて配達とかにも使うんだろ?」
さっきのヴァンの出前ではアンが歩き。イグは歩いていた。きっと普段ならイグに乗って配達していたんじゃないのかな。
「なんだと」
「やめてくれよ」
先輩部長の視線を思い出して身体が固まっちゃうじゃないか。その一言の吐露を我慢する。
「なら、さっさとウチのトカゲ直してくれよ。あーーまれびとさん、頼むわぁ」
「言うね。あのさ、稀人だったら魔法みたいに指を捻れば全て問題解決しないんだよ」
「そ、その程度か」
食べ物屋の主人、ニコの背後から叫ぶ声がした。ニコの影からコソコソってやつだ。
「ドノバン獣医師」
オチと抗議団の構成が予想できちゃいました。
「先生? なるほどね」
「稀人だからって昨日今日このサラージュに現れて仕事を奪わないで欲しい。これは、町の住人の」
「そこで口ごもらなくてもいいでしょう。〝住民の総意〟そう言う訳だな」
でもたった独り洋次の味方がいた。いや、味方になってくれる希望の灯火だ。既に一度父親のニコに叱られたのか目の周囲が充血で腫れている。
「まれびと、イグを助けてよ」
諭すように。でも実際は残酷な通知をドノバンが告げる。
「アンいい子だから良く聞きなさい。前にも診察したけどこのオオトカゲのどの内臓器官の不良かは判別できないが、もう年だ。頃合だよ、楽に死なせるのも情だよ」
「じゃないもん。ずっとイグといっしょだもん」
「おいアンお父さん怒るぞ」
「怒ってもいいもん」
不覚にもあぐらを組んで地べたに座っていた。
「ああ、羨ましいなイグ。お前さんには一緒に泣いてくれるご主人様がいるなんてさ」
「なにブツブツ言ってんだ。さぁ、悪いがこのトカゲを潰すから退いてくれ」
「なんだよ、ご丁寧に包丁持参で抗議しに来たんか。退け? 誰がだよ」
「うわっ〝まれびと〟が急に立ったぞ」「に、睨んだぞ」
洋次を包囲する人の壁が広がった。
「おい、俺はモンスターか?」
「ちがうもん。イグを治してくれるんだもん」
「そうさ約束だったね。アンちゃん、頼んだすり鉢とかの道具は? ある?」
「はい、これだよ」
使役モンスターのイグを屠殺する予定だったお父さんに叱られて手ブラで戻っていたら解決が長引いてしまっていた。アンがまず約束を果たしてくれた。今度は洋次の番、それだけだ。




