219 大尉
「分隊長。シロアリが巣に帰る模様」
「ああ」
汗を拭い衣服を整えて、本来の任務に復帰する準備中だったバイア中尉。サラージュから遥か北方のマラム城塞守備隊の分派の責任者でもある。
「完全撤退なら安心してお役御免だ。さあ帰ろう、マラムに」
「はあ」
戦死者や重傷者はいない。どうやらサラージュの地元住民も犠牲者がゼロだから、シロアリ人が生物を襲わない風聞は正しかったらしい。
「しかし、この有様」
将校で貴族出身のバイアは上着を剥ぎ取り──食いちぎられている。兵卒とは切れ味も鞘などの装飾も数段上等な帯剣も、枯れ枝と区別がつかないほどボロボロだ。
その惨状は他の分隊員、当番兵なども同じ。
「このまま城塞に帰投するのは」
「名誉の損害である。が、確かに肌寒いな」
誰だ。
バイアと当番兵は軍人のやや悲惨な会話に割り込んだ男を半睨みした。
「巻き込まれたにせよ、義勇にせよ、大殊勲である」
「何方ですか?」
バイアたちと同じく衣服を食われたのか。大きめのシーツを巻いたバカでかい男だ。
「おお。対面せずに先行したので止む無し。貴殿が護衛しサラージュまで同行する予定だったキコローである」
「キコロー審議官であらされたか。これは」
膝を落としかけていたバイアを制する。
「激戦を経た戦士が度々膝を落とすは不吉。以降虚礼は無しにして貰おう。更に直答苦しゅうない」
「「御意」」
辺境派遣の軍人と政府中央の高官。身分社会では、お互いの顔を見つめる行為すら許されないのだ。
「此度の騒動は、テミータ、サラージュのため、最小限の被害にしたい」
口裏を合わせろと促している。
「御意」
バイアは最底辺でも軍の責任者で、しかも貴族だ。政治的な駆け引きは慣れている。でも当番兵には、かんり怖い事態だ。
「分隊長とやらに控えるは当番兵か。案ずるな、分隊の損害は審議官の護衛中にハーピィ以下の屈強なモンスターの襲撃によって発生したと報告する所存」
「あ、いえ」
不満の色を見透かされて驚いている当番兵。
「軍。つまり国王陛下から支給されし軍服を損なったモンスターの駆逐は、分隊の戦果として余が申請をすることを約束しよう」
「感謝致します」
「ふむ。貴殿は?」
今更名前を尋ねられた。正式な対面はたった今でも護衛任務について知っているハズなんだけど。
「バイアと申します。審議官閣下」
「バイア、さて。護衛兵の名はその様な名だったか。階級は」
ナゼか刹那天空を見上げる。
「そうそう〝大尉〟であるな」
初見で自分の護衛分隊だと見抜いた将校の名前を失念して階級を間違えるワケがない。
「た、大尉!」
「ふむ。斯様に申請到そう。分隊員にも褒美を賜るよう申請も忘れぬぞ」
深々と頭を地面に押し付けるバイアたち。
「はーーーいーー」「//っほほい//」
シロアリ人たちが、穴から再登場した。
「サラージュの美しき姫殿下」
右手と真ん中の右手を胸にそれるテミータ公王のノゥ。どうやら拝礼は手が増えただけでヒューマンと同じ動作をするらしい。
「僅かばかりですが、これは今回の賠償」
いえいえと小首を振るカミーラ。メアリーを相当がっかりさせたけど公王位を巡る大乱戦の被害賠償は求めないのがサラージュの意志なんだ。
「友好の贈り物で御座います。ヒューマンには未知の品でしょうが、ご賞味あれ」
「あれーーー」「//うぃきゅーーー//」
アリだ。シロアリだ。
小一時間ほど前にシロアリ人の半自治国テミータ公王に就任したノゥの号令で、シロアリ人たちが頭に灰色の物体を運んできた。
「これは?」
アリ。正確には等身大のシロアリ人が運んできた物。
「わかりやすくいいますと、〝キノコ〟であります」
「き?」
どんだけ溢れるんだテミータ。どんだけ貯蔵してるんだ、シロアリ人たちのキノコ。
五百万とも億人に迫るとも噂されるテミータのキノコは、瞬く間に最恵待遇の署名をした幹部のみならずサラージュに行き届いた。
もちろん、シロアリ人から受け取る行為を拒否ったりする人もいたけど。




