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218 テミータの名折れ


「あら」

 立ち食いの経験のないカミーラは、これからの展開がわからないらしい。


「コンラッド」

「これは迂闊」

 貴族のご令嬢に椅子机もなしに最恵待遇締結の署名を遂行させるなど、許されない行為だ。ハリス家の本隊が運搬した野戦本陣用の調度品が組立てられる。


「令嬢」

 即席の会談の場が完成。条約締結を承認しているサラージュの代表カミーラ。テミータ新公王のノゥ、そしてハリスの代表としてペンティンスカが着席する。


「アン。それではお願いするよ」

「はいはーーい」

「あれれれ」

 それは。

 とても子供じみた作戦だった。でも、プラム夫人は罠にかかった。

 改めてセッティングされた会談の席に提供された練乳をなみなにと注がれた果実。

 甘い匂いに誘われたのか。テミータ公王は躊躇いなしにひと匙。


「おおお。我らは酒はたしなまぬので、これは!」

 よほど練乳がビックインパクトだったのか、テミータ公王ノゥはまるで腹減りのガキのように大皿の練乳がけ果実を一気飲み、食べた。


「おお! 素晴らしい! テミータはサラージュに復興以上の協力を惜しみませぬ!」

 ホメすぎだ。


「閣下ご着座を」

 メアリーがたしなめ、注意するほど大感激のノゥ公王。


 これは、プラム夫人的には横から練乳を奪われたカッコウになっていた。

 ご婦人、一度二度、気まずそうに視線を泳がして一言。


「あの。最恵待遇の後は?」

 貴族の正室(奥様)としての体裁は繕っている。


「王国取締官としてご助言申します。テミータは、とても役立ちます。テミータのトンネルは天候に左右されにくい移動手段として抜群の機能を誇り、また各種貯蔵庫などこれまで無視された数え切れぬ活用が御座いまする。伯爵夫人」

 こんな時、まだ未熟な稀人よりもオルキア王国中央に顔が利くキコローの発言はメガ級の攻撃力だ。


「まあ」

 目の前を素通りした練乳の誘惑に負けたのか、シロアリとの協調の利点を理解したのか。


「ミーナちゃん?」

「わたしは稀人の信用したワルキュラを支持します」

 プラム夫人、陥落。


「それでは、テミータ、ワルキュラ、カンコーの最恵待遇を締結する契約書に御署名と押印を」

「はい喜んで」とカミーラ。

「不始末を不問の上、斯様かような待遇。テミータはワルキュラと一心同体です」とノゥ。

「署名します」、一度アンを背中に乗せたフラカラを気遣いためらいながら首を縦にするペネ、ことペンティンスカ。

「よしなに」、ちょっと不満が燻ってるプラム夫人。


「では、コンラッド。皆々様に署名を」

 コンラッドも、高級公務員なりに奮戦してくれたらしい。ざんばらと乱れた頭髪を手櫛で整えると、まだインクが乾ききっていないファイルを。


「令嬢ワルキュラ・カミーラ」

「はい」

「テミータの公王にして公爵、ノゥ陛下」

「おお」

「ハリスの代行者、令嬢ハリス・ペンティンスカ」

 そしてコンラッドの将来の奥様になる乙女だ。


「ふん」

 随分と置くまで聞こえるような鼻息を。

「おウマさん、しずかにね」

 アンに注意される一角獣にして騎士の叙爵を受けているフラカラ卿。

 もちろん、ペネを確実に乙女から妻に変身させる張本人のコンラッドは聞こえないフリをする。


「カンコー伯爵家の代行者、プラム伯爵夫人」

「は! い!」

 ちょっとどころか子供みたいな反応をするプラム夫人。


「それでは」

 白磁の一輪挿しよりも透き通った肌のメアリー。背筋を伸ばして凛とした姿勢だけど、やれやれと安堵の色もちらほら。


「最恵待遇の契りのお目出度い席に。拙いながら喉を潤し歓談の席とさせて頂きます」

 メアリーも一息。


「アン、宜しくね」

「はいはーーい」

 私もいるんだけどのセリフは我慢する洋次。


「まれびとーー。急いでお皿に果物をーー」

「はいはい」

「じゃあ、そそぐよーーー」

 正直、練乳に果実が浮かんでいる状態。甘党スイーツ男子じゃない洋次は、下準備でせそうだ。


「はこぶよーーー」

「アン、こちらに」

 アンでは会談のテーブルに安定して背が届かない・それに一応貴族としてのマナーとかあるから各勢力代表者にはメアリーが配膳する。


「御馳走になってばかりではテミータの名折れ」

 六本ある手足の右前足を高々と上げるノゥ。


「はははーーー」「//ぴぃ//」


 会談や署名の儀式を傍観していたシロアリ人、テミータ公民が一斉に穴に潜る。



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